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『京洛の森のアリス Ⅱ』望月麻衣――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版20号

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版20号

文藝春秋・編

くわしく
見る

 見事、クッションは顔にクリーンヒットし、蓮は解せないようにナツメを見た。

「どうして、クッションを投げつけられるんだ?」

「あなたがそれだけデリカシーのない人間だからですよ」

 ナツメは、やれやれ、と肩をすくめる。

 蓮は、ふーん、とさして興味なさそうに相槌をうち、すぐにありすに向かって声を張り上げる。

「おい、ありす! それより、今日は総合卸問屋に行くんだろ!?」

 その言葉にありすは「そうだった」と顔を出した。

「朝イチで行った方が、良い物を仕入れられるって、昨日話してたのに」

「ごめん。すぐに用意するから、下で待ってて」

 おう! と蓮が片手を上げて、ナツメと共に階段を下りていく。

 ありすは、「そうだった」と頭から水色のワンピースをかぶるように着る。

「本の在庫がなくなってきたから、卸問屋に行こうって話していたんだ」

 廊下の突き当りにある洗面所へと走り、そのままの勢いでばしゃばしゃと顔を洗い、歯を磨く。

 はねた髪を整える時間がないので、簡単にみつあみのおさげにして白いエプロンを身に着けた。

 よし、と頷いて、階段を駆け下りる。

「ごめん、行こうか!」

「おい、朝飯は?」

「そんな時間ないよ」

 ありすは、急いでショルダーバッグを肩から下げた。

 総合卸問屋は、夜明けと共に開店するらしい。

 まだ早朝だが、しっかり太陽は昇っている。

「嘘だろ、腹ペコだよ。腹が減っては戦はできねーぞ」

「仕方ありませんね。サンドイッチを作りましたので、食べながら向かいましょうか」

 そう言ってナツメは、作ったサンドイッチをバスケットの中に詰めた。

「歩きながら食うのかよ、行儀悪いなぁ」

「それ、蓮が言う?」

 目を剥くありすに、ナツメがぷっと噴き出す。

 京洛の森にある書店『ありす堂』の店長・ありすは、良い作品を仕入れるために、いざ出陣だ。

 それは、ありすの新しい一日の始まり。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版20号
文藝春秋・編

発売日:2018年06月20日

プレゼント
  • 『さらば故里よ 助太刀稼業(一)』佐伯泰英・著

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