ありすが、目を開けた時には、蓮の姿はなかったのだ。
その時、自分はこれまで夢を見ていたのではないかと思った戸惑いまで、昨日のことのように覚えている。
懐かしく思い返しながら、ありすは蓮を見下ろした。
そんなわけで、蓮は婚約者であり、今の彼の姿は、蛙だ。
「ナツメも私たちが年頃の男女だってことを気にしているんだと思うけど、今の蓮の姿は十歳くらいの子どもなんだから、そんなに気にしなくてもいいのにね」
「だよな」
蓮は強く相槌をうつ。
実際の蓮の年齢は、十六歳。
もうすぐ十六になるありすと同世代だ。
だが、この世界は、『自らの意識』が、自分の姿を現わす。
自分が『二十歳の姿でいたい』と表面上思ったとしても、潜在意識で『四十歳の自分が良い』と思っていたら、その年齢の姿になる。
元々、ちゃんと十六歳の青年に成長していた蓮だが、ありすと共に過ごしたことで、『幼かったあの頃』に意識がすっかり戻ってしまったようだ。
そのため、蓮が人の姿をしている時は、ありすが初めて出会った頃のまま、幼い少年の蓮だった。
十六歳に成長した蓮の姿は、ありすも見たことがある。
――影武者である狐の化けた姿なのだが――、あまりの美しさに、見詰めることも気後れしたほどだった。
もし今、自分の前に、あの見目麗しい十六歳の蓮が現われたら、緊張して何も話せなくなるだろう。
ありすとしては、蓮が幼い姿で良かったと安堵する気持ちもあった。
あの頃と同じ少年のままの蓮の笑顔がたまらなく可愛らしく、このままでも良いかもしれないと思うこともしばしば。
だが、蓮は早く元の姿に戻りたがっていた。
この世界では、十六歳で結婚できる。
しかし、実年齢が十六でも、姿年齢が幼かったら、それはまだ子どもだと判断されて、結婚は許されないそうだ。
「それに、私はもうちゃんと起きたから、もう蛙の姿じゃなくて良いよ」
「おっ、そうだな」
狐や狸が、姿を変える時のイメージに似ているのかもしれない。
蓮の周りにつむじ風が起こったかと思うと、人の姿に変わる。
今日も、幼い少年・蓮の姿を現わすと信じて疑わなかった。
だが、違っていた。
そこには、少年――ではなく、十六歳の青年に成長した蓮の姿があった。
陶器のように白い肌、通った鼻すじに、綺麗な形をしているチャコールグレーの瞳。
少し長めの絹糸のような薄茶色の髪は後ろでひとつに束ねられている。
十六歳はまだ『少年』に分類されるのかもしれないが、その姿は紛れもなく『青年』だ。
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