2018.07.18 別冊文藝春秋

『崩壊の森』本城雅人――立ち読み

文: 本城 雅人

電子版20号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

 一九八七年四月、東洋新聞の土井垣侑は特派員としてモスクワに降り立った。当時のソ連では記者は政府の管理下でしか取材をすることができなかった。そんな状況にフラストレーションを溜めていた土井垣は、精力的に取材を重ね、タタールの独立運動のデモをスクープ。ついに「特ダネ禁止」に風穴を開けた。それと並行して土井垣は人脈を広げ、モデル事務所社長のハンナと知り合い親交を深める。だがあることをきっかけに、土井垣はハンナがソ連のスパイであることを知ってしまう。


第5章 崩壊の音揺れ


1

 一九八九年十一月九日、バーの夜回りから戻ってきた土井垣侑が、モスクワ支局のドアを開けると、電気がつけっぱなしだった。

 秘書のオルガが残業しているのかと思ったが、違った。

「侑さん、大変よ」

 隣の自宅にいるはずの妻の咲子が駆け足で出てきた。

「珍しいな。咲子が支局にいるなんて」

「ベルリンの壁に人が登ってるの」

「なにを言ってんだ、突然」

「検問所を通って、たくさんの人が脱出してるの。それがテレビ中継されてるの」

「なんだって」

 靴を剥ぎ取るように脱ぎ、つけっぱなしのテレビを見る。暗い空の下で、壁の上に立つ人が下から登ろうとする者の手を引っ張っていた。アナウンサーがブランデンブルク門と報じているから東ベルリンの検問所だ。国境警備隊の姿はなかった。映っているのは国境を越え、さらに壁の上で仲間たちと抱き合い、歓声を上げる市民だけだった。

「こんなことが起きるのね」

「俺も信じられん」

 受話器を取り、交換士に日本の東洋新聞本社の番号を告げる。

〈しばらくお待ちください〉

 交換士はそう言ったものの、なかなか繋がらない。突然、電話は切れた。

 再度、ダイヤルを回すが、今度は話し中だ。

別冊文藝春秋からうまれた本



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