2018.08.02 別冊文藝春秋

『スタッフロール』深緑野分――立ち読み

文: 深緑 野分

電子版20号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

 ヴィヴは、映画やCMのCGやVFX(視覚効果)の制作スタジオ「リンクス」で働くCGアーティストだ。ある日、憧れのポサダ監督の新作映画への参加が決まり、同僚のメグミ、先輩社員のリウ、ユージーンとともにはりきって準備に入る。助っ人としてメキシコから腕利きのアーティスト・ヒメネスもやってきて、一同、一刻も早く監督が望むモンスターを創り上げようとするが、どうにも監督の理想が掴めない。手掛かりを知る筈の社長モーリーン・エイブリーが帰国し、一縷の望みを抱くも、社長は何も知らないの一点張り。訝しむヴィヴの前でタクシーに乗り込むモー社長。後を追ったヴィヴは社長の密談を盗み聞きし、ポサダ監督のイメージ元になっている映像が確かに存在することを突き止める。しかし、映像を持っているキーマンを怒らせてしまい……。故郷ポーツマスでひとり頭を冷やすヴィヴ。そんな彼女にロンドンの仲間から着信があり、明朝、駅まで迎えに来るよう告げられる。


十一 ヴィヴ、ロンドン、二〇一五年


 翌朝、約束どおりタクシーを手配してポーツマス・ハーバー駅へ向かうと、リウたちはまだ来ていなかった。今どこにいるのかとメッセージを送ったが十分経っても返事がない。

 昨夜の土砂降りが嘘のように晴れ、青い空にかもめが悠々と飛ぶ。タクシーの運転手の兄さんとどうでもいい天気の話をしながら待っていたら、電話が鳴った。リウからだった。

「ひょっとして駅にいるか? ……いや、そうだよな。悪い、ちょっと予定を変更する。タクシーに乗って今から言う店に来てくれ」

 さすがにむっとしたが、リウの口調からして彼も急な変更に慌てているのだろう。私は急いでタクシーの兄さんにメモを渡し、その店へ向かってもらうように頼む。すると兄さんはうらやましそうに口笛を吹いた。

「いいなあ、ここってすげえ美味って噂の高級店だよ。なに、デート?」

「違うよ、仕事。悪いけど送迎はなくなったから、私だけ送ってもらえる?」

「いいともさ。しかし、あそこなら結構なお偉方が相手じゃないの? そんな服装で大丈夫?」

別冊文藝春秋からうまれた本



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