別冊文藝春秋

『スタッフロール』深緑野分――立ち読み

文: 深緑 野分

電子版20号

「イギリス式の朝ご飯はよく知らないんだ。注文は君たちに任せていいかね?」

 そうだ、社長のチャールズ・リーヴはアメリカ人だ。ではわざわざロサンゼルスからここまで飛行機で来たってこと? 私のせいで? 私はパニックを起こしかけながらメニューを見ようとしたが、ユージーンが代わってくれ、卵料理やスモークサーモン、ワッフルにサラダなどをてきぱき選んだ。

 それにしても、なぜレクタングル社の社長が? 以前ユージーンに電話をかけてきて、ロニー・E・サンダースの名前を教えてくれた点から考えると、つながりはあるのかもしれない。しかし部下を通じてならまだしも、社長自らが乗り出してくるとは。

「全員集まったところで、みんなにまず理解してもらいたい点がある。僕の今回の訪英はきわめて個人的な旅行で、今の僕は休暇中だということだ。運転手以外は秘書も連れてきていないし、ラップトップも持参していない。モーに訪英したことを言わなかったのはこれがはじめてだよ」

「もちろん、内密にします」

 リウははっきりと承諾しつつ、しかし社長相手に臆さず、会話の最初のドアを開いた。

「しかし僕らは、すでに申し上げたとおり、非常に困っています。ポサダ監督の“X”のために、どうにかして『レジェンド・オブ・ストレンジャー』のクリーチャーを見て、研究しなければならない。どうか教えて下さい、『レジェンド・オブ・ストレンジャー』とは何なのです? クリーチャーを作ったというマチルダ・セジウィックとはいったい何者ですか?」

 個室はしんと静まり、壁が厚いせいか、他の客の声も聞こえない。私は椅子のへりを固く握り、社長の答えを待つ。

 チャールズ・リーヴ社長は私たちの顔を順に見ると、小さく頷き、グラスの水をひと口飲んで話しはじめた。

「……なぜ僕がモーリーンに今回の訪英を告げていないか。その理由は、彼女がマチルダ・セジウィックの話題が出ることを極端に恐れているからだ。それにベンジャミン・モーガンの名前もね。僕らは、過去に深い縁があったんだ」

 リーヴ社長の口からマチルダ・セジウィックとベンジャミン・モーガンの名が出た。胸がどきどきする。彼らの過去に何があったのかがわかるかもしれない期待で。

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