別冊文藝春秋

『プリンセス刑事』喜多喜久――立ち読み

文: 喜多 喜久

電子版21号

 守衛所に立ち寄って警察手帳を見せると、窓口にいた警備員が、「お疲れ様です」と会釈をした。最近、毎日のようにこの大学に足を運んでいるので、お互いにすっかり顔見知りになってしまっている。「どうも」と返してキャンパスへと足を踏み入れる。

 鹿部は守衛所脇に立つヤマモモの木の下で足を止め、「さて」と腰に手を当てた。

「今日はどこを攻めるかねえ」

「そうですねえ……」

 直斗は額に手をかざして辺りを見回した。歩道沿いの背の高い街路樹が目につくばかりで、肝心の人影が見当たらない。いくら暑いとはいえ、さすがに閑散としすぎている。明るい時間帯であっても、屋外をうろつくことには抵抗があるのだろう。

 その気持ちは分からないではない。何せ、この大学の構内と付近で、わずか二カ月の間に三人もの人間が殺されたのだ。犯人逮捕の目処が立たない状況で、普段通りの生活を送れるはずもない。

 被害者の年齢や性別はバラバラだ。三鷹市立大学の学生、あるいは大学の近辺に住んでいたという共通点しかない。そのことから捜査本部では、犯人はターゲットを絞らず、自分の張った網に引っ掛かってきた相手を殺していると考えられている。いわゆる無差別殺人だ。

 三人という被害者の数もさることながら、事件をセンセーショナルかつミステリアスなものに仕立て上げている要素は他にもある。被害者は皆、死後に体から血を抜かれていたのである。心臓付近にはっきりとした注射痕が残されていることから、犯人はインターネットやSNSで「ヴァンパイア」と呼ばれている。

 無論、警察も必死に捜査をしている。三鷹警察署には特別捜査本部が設けられ、直斗たち所轄の刑事はもちろん、近隣の警察署や警視庁の捜査第一課からも刑事たちが捜査に参加していた。

「とりあえず、キャンパスを一回りしてから、校舎に入りましょうか」

「要はいつも通り、ってことだな」と肩をすくめ、鹿部が歩き出した。

 三鷹市立大学の学生数は、学部と大学院を合わせておよそ二千人。キャンパスの広さは四ヘクタールほどある。サッカーコートに換算すれば六面程度の面積だ。構内には本校舎以外に、講堂や図書館、体育館やプール、グラウンドなどがある。また、キャンパスの隅には農学部が管理している温室や池、森林があり、その一画は自然公園のような佇まいとなっている。

「なんだか、すごく平和ですね」

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