前回までのあらすじ
官費留学で西洋をまわり、近代都市とはいかなるものかを学んで帰国した辰野金吾は、いまだ江戸の面影を残す首都・東京をいかに新時代のそれに導くかという命題に胸を高鳴らせていた。さっそく工部省の役人兼工部大学校の教授という立場を得て改革に乗り出すも、わずか一年で工部省が廃省。しかし金吾は悲嘆に暮れる事なく「辰野建築事務所」を開設し、日本初の中央銀行である「日本銀行」の建設を受注するべく臨時建築局総裁・山尾庸三らに掛け合い、設計者の座を勝ち取った。ところが工事が難航、さすがの金吾も頭を抱える。そこに現われたのが、金吾をいまの道に誘った大恩人・高橋是清であった。
4 スイミング・プール(承前)
その晩は、曽禰達蔵もふくめて四人、新橋の秋錦楼に登楼した。
是清は、妓のあつかいに慣れている。はじめての店だったにもかかわらず気に入ったのの手をとり、さっさと末席へひっぱって行って、あぐらをかき、妓を横にすわらせた。
戸外の雨音は、まだ激しい。妓は、
「まずは」
と膳の上のお銚子をつまんだけれども、是清は杯をとらず、
「茶を」
「え?」
「ちまちま飲む趣味はないんでね。茶を飲む湯のみを持って来させろ。酒もお銚子じゃなく、“とっくり”で」
金吾は、床の間にいちばん近い席につきつつ、
(さすがは、日に三升)
耐恒寮のころの東先生の行状を思い出した。曽禰達蔵が、これは金吾の向かいの席へ正座して、
「あの、先生……」
と遠慮がちに切り出すと、是清はようやく、
「二時間」
「え?」
「二時間はかかるぞ、この話は」
まるで勝利者のような笑みを見せた。
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