書評

監督の目から見て、とても映画的だと感じられた小説の描かれ方とは。

文: 河瀨直美 (映画監督)

『朝が来る』(辻村深月 著)

 作者は、この一連のエピソードの中でもまた第一章で佐都子という女性を揺るぎない態度を示す「母」として描いたように、今度はこの第二章で「妻」として揺るぎない態度を示す女性として存在させる。夫が無精子症と診断され、治療の為に向かう空港の待ち合いの席。外は25年ぶりの大雪に閉ざされた世界で、佐都子は治療を「もう、やめよう」と告げる。その言葉をきっかけに清和は堰を切ったように自らの中に隠し持っていた本心を佐都子に告げる。「もっと早く、やめたいって言えなくて、ごめん」こうしてふたりは不妊治療に終止符を打つ。白い世界に覆われたその日そのとき、佐都子は「夫婦に戻るのだ」と考えている。そうして「二人で一緒に、生きていく」ことを決心する。

 この佐都子像は良妻賢母の代名詞のようだと読者は思う。そうして理想の女性像に憧れを抱くことだろう。しかし、ふたりで良いと思っていた夫婦の心に「養子縁組」という選択が刻まれる出来事がやってくる。この展開は見事だと思う。作者が掲げた理想の人物にも人には見せない内面の葛藤があることを巧みに描いてゆく。そうして出逢った養子縁組を仲介する民間団体「ベビーバトン」によって佐都子と清和は「朝斗」を授かることとなる。「満ち足りている」と感じるまでの佐都子の29歳から18年間の人生にはこうして様々な出来事があった。第二章の最後では、朝斗の母だという「ひかり」と名乗る茶色い髪の女が佐都子の家にやってきた。しかしその女が脅迫じみた金銭の要求をしたことから、佐都子と清和は「ひかり」ではないと突っ撥ねる。

 その一ヶ月ほど後、警察が「ひかり」を名乗る女の写真を持って事情を聞きにくる。この時、作者はたった7ページではあるが、その視点を「朝斗」に切り替えて描いている。映画監督の私としては、この描かれ方はとても映画的だと感じている。主人公が「佐都子」と「ひかり」。立場の違う女性を描く場合、どちらかの視点で物語を構成しなくてはいけなくなるところに「朝斗」の視点を入れたことで、この三角関係を見事に表現することができるのだ。こうして、同じ出来事が「佐都子」「ひかり」「朝斗」の視点で描かれている場面が物語中8ヶ所存在する。それは、それぞれの登場人物の視点での感じ方の違いを明確にし、人生には自分の想いだけではどうにもならないことが存在するという学びを示唆する。

朝が来る辻村深月

定価:本体700円+税発売日:2018年09月04日


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