書評

監督の目から見て、とても映画的だと感じられた小説の描かれ方とは。

文: 河瀨直美 (映画監督)

『朝が来る』(辻村深月 著)

 第三章で描かれるひかりは冒頭まだ中学に入学したばかりの13歳である。教師である両親、高校生の姉と4人で暮らす。ひかりにとって幼少の頃からピアノの発表会の日は特別で、家族で行くレストランやそこで食べるホットケーキが好物だ。そんな特別な日は誰しもの中にあって、子供時代の懐かしく甘酸っぱい記憶の彼方に存在しているだろう。とある地方都市の教師一家の末娘が合格しなかった私立の女子校のことを羨みながら、自宅近くの公立に自転車で通う時、自分が「普通」であることの退屈を打破したい想いと相まって、学校で人気者の男子「巧」に告白されるところから、彼女の人生の歯車は狂いだす。作者はこの「ひかり」が墜ちるところまで墜ちてゆく様を、やがて家族との距離をどんどん遠ざけながら、「ひかり」の孤独を描ききる。初潮の前の妊娠を14歳の中学生がどう理解すればいいのか。本当に好きだと思う「巧」との未来をどう創り上げていけばいいのか、知る由もないだろう。生まれる筈のなかった命はやがて望んでも授からなかった夫婦の元にやってくる運命。佐都子と清和の長いトンネルはまるで朝が来たように「朝斗」を迎えて抜け出ることができた。「ごめんなさい。ありがとうございます。この子をよろしくお願いします」と俯き加減に精一杯その言葉で伝えた14歳の中学生はその後の人生を空虚に感じて居場所を求めさまようが、出逢う人たちとの絆はなかなか結ぶ事ができない。あさはかな「ひかり」はその想いとは裏腹に不器用に金銭を無心するしか術がないのだ。そんな彼女の生きてきた時間を佐都子はとっさに理解する。第四章では、生きている価値のない自分を悟った「ひかり」がどこにもない場所を求めて歩道橋の上に立ち、降って来た雨に打たれながら失敗した「ひかり」を棄てようとした瞬間、佐都子はその手をしっかりとつかんで離さない。「あなたの居場所はここにあるわ」と言わんばかりの力を込めて。その傍らには「朝斗」の姿。生まれるべくして生まれた命が曇りのないまなざしをふたりに向ける。「朝斗」にとってのふたりの母は、母になる以前になにかしらの空虚感を味わっていた。その心にある埋まる事のない空洞のようなもの。そんな「佐都子」と「ひかり」はこうして「朝斗」によってこの世につながれたのだ。

 小説を読む時、その文字が情景を伴ってまるで目の前で起こっているかのようなリアリティをもち迫ってくるものに惹かれる。そういう意味では、このラストシーンはとてつもなく強いリアリティがある。そこに差し込む光、まばゆいばかりのそれが、雨上がりの世界を浄化させてゆく光景と相まって、ここに集う三人の運命を切り開いたのだ。そこには、ふたりを見上げて微笑むあどけない瞳の朝斗がいた。



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