《理研の後手に回った対応や隠蔽体質が、生命科学や理研、CDBに対する社会の信頼に、取り返しのつかない損害を与え、このままでは、自分たちの研究環境すら危うくなりかねない。そんな危機感を抱いている研究者が少なからずいるからこそ、メディアに情報提供する人が現れるのだ》(二三八頁)
それだけではないだろう。須田氏は人に紹介してもらうのではなく、自分からアプローチして情報源を広げたという。おそらくそのとき須田氏は、自身の科学に対する熱い思いを書くなり、話すなりしたのではないだろうか。そこに共鳴した人々が、彼女ならきっと理解してくれるとリスクを冒してまで話したのだろう。
かつて山中伸弥氏のインタビュー中、私は研究室の書棚に、黄禹錫事件を追った書籍が並んでいるのに気づいた。どうしてこの事件に興味をお持ちなのか訊ねると、マウスのiPS細胞の作製に成功した時期に、この論文捏造事件が発生したという。その余韻が冷めない中、自分たちの論文を発表すれば、怪しい目で見られるにちがいない。そこで山中氏らは再現実験を何度もくり返した上、論文投稿先のセル編集部に実験ノートまで提出した(普通はそこまでしない)。こうして論文は発表され、ノーベル賞受賞につながったことは周知の事実である。
《いつの日か再び、「常識を覆す」本物の大発見に出会えることを楽しみにしている》と須田氏は本書を結んでいる。本書を研究室の書棚に並べ、STAP論文事件の二の舞を演じないように気をつけている研究者は有望である。実験を重ね、記録を残し、虎視眈々と大発見を狙う「真の科学者」がその中にきっといる。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。