生物学の常識を覆す発見のはずだった。著者の須田桃子氏と同じく、私もこの「成果」にワクワクし、無名の若い女性科学者小保方晴子氏に興味をかき立てられた一人だ。iPS細胞の場合、DNAに直接働きかけて、いわば細胞の内部から細胞を変化させる。それに対して、STAP細胞は、細胞の外部から刺激を与えて細胞を変化させるとされた。卵の発生中、周囲の温度によってオスになるか、メスになるかが決まる爬虫類(ワニ、カメなど)の例もある。哺乳類の場合でも、外部環境によって細胞の運命を変えられるというのだから面白い。それが二〇一四年一月末にネイチャーに発表されたSTAP論文に対する第一印象だった。
同年二月二〇日、須田氏と前後して、私も山梨大学を訪ね、STAP論文の共著者の一人、若山照彦氏にインタビューしている。翌月刊行の月刊「文藝春秋」に掲載する若山氏の手記をまとめるためである。若山氏は、インターネット上で指摘されていたいくつかの疑義に対して、本書にもある通り、小保方氏の「単純ミス」とし、クローンマウス作製成功を証明するため、世界の研究室を行脚した自身の経験を踏まえ、STAP論文の「成果」が認められるには時間がかかるという見解を語ってくれた。その意見に納得していただけに、翌月三月一〇日に若山氏が論文撤回を呼びかけたときは心底驚いたものだ。それは若山氏の手記の掲載号が発売された当日で、結果的に論文を否定する人が手記でその論文の正当性を訴えるというちぐはぐな状況が生まれたのである。
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