須田氏は、STAP幹細胞にTCR再構成がなくても大した問題ではないという丹羽氏の説明に納得し、デスクを説得してまで、TCR再構成なしの問題をすぐには紙面化しなかったという(六五頁)。また《理研の主張は、本当なのかもしれない。そうだと思えば、丹羽氏の強気な発言も理解できる。笹井氏を信頼していた私は、そう思った》(六九頁)とあるように、STAP細胞の存在をしばらくの間、信じていたことも記している。
しかし、ある時点から《すべての思い込みを捨て、事実を見なければ──》(八七頁)と気を引き締め、査読資料を入手して読み込んだ結果、ついには《仮にすべてのデータが正しかったとしても、この論文は本来、ネイチャーのような一流誌に掲載され、理研が大々的に発表するような内容ではなかったのだ》(三四一頁)とまで認識を転換させる。
そこに至る自身の右往左往ぶりを本書の中で須田氏は率直に明かしてくれているが、その意義はとても大きい。STAP論文捏造事件の科学的な結論だけ知りたければ、本書で加筆された第十二章、あるいはもっと手っ取り早く概要を知りたければWikipediaの該当項目でも読めば済む。論文で発表されたSTAP細胞、STAP幹細胞、(マウスの胎児と胎盤にも分化する能力を持つ)FI幹細胞は結局、存在しなかった。残されたサンプルを複数の機関が遺伝子解析した結果、それらはすべて既存の万能細胞であるES細胞、またはES細胞と胎盤に分化する能力を持つTS細胞の組み合わせであったことが明らかにされている。科学の真実はデータの中にある。論文に使ったサンプルさえあればいいのだ。サンプルの分析結果の解釈には議論の余地が生じるかもしれないが、「STAP細胞はあります」とか「真正な画像があるから不正ではない」といった主張を考慮する必要はまったくない。データが結論を導く。誰がES細胞、TS細胞を混入させたのかという謎は残るが、科学的には単純な話である。
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