江戸時代末期を舞台に、大川端の小さな旅籠「かわせみ」が私たちの前に登場したのは一九七三年の年明けでした。それから四十五年。「御宿かわせみ」と、舞台を明治初頭に移して第二世代が活躍する「新・御宿かわせみ」はあわせて四十巻を超え、現在も継続中の大長寿シリーズとなりました。ドラマ化・舞台化も数多く、もはや日本を代表する江戸市井シリーズの金字塔と言っていいでしょう。
旅籠「かわせみ」の女主人るいと恋人の東吾を中心にした、魅力的なレギュラーメンバーの人間模様。「かわせみ」を訪れる人々の悩みや厄介ごとを物語に仕立てるグランドホテル形式の面白さ。細やかに綴られる、四季折々の江戸情緒。「御宿かわせみ」の魅力はこれまでも多く指摘されてきました。
ですがもうひとつ、注目していただきたい大きな魅力があります。
ミステリとしての、捕物帳としての、面白さです。声を大にして言いたいのですが、「御宿かわせみ」にはびっくりするほど秀逸なミステリ作品が多いんです!
それもそのはず、今でこそ時代小説の大家というイメージが強い平岩弓枝さんですが、実は現代ミステリの著作も多く、推理作家の顔もお持ちなのですから。 人情小説という思い込みで読むと、驚かれることでしょう。殺人事件や詐欺といった大きなものから、ふとした日常の謎まで実に多彩。物理トリックもあれば心理トリックもあり、フーダニットもホワイダニットもあり、ミステリファンが読めば「あの名作ミステリの本歌取りでは?」と気づくような、遊び心に満ちた作品まであります。
旅籠には人と情報が集まるため奉行所との関係も密で、しかも主人公のるいは元八丁堀同心の娘。恋人の神林東吾は与力の弟で、その親友の畝源三郎は定廻り同心。捕物帳にならない方が嘘、という舞台設定じゃありませんか。
本書では、「御宿かわせみ」と「新・御宿かわせみ」の三百を超える作品群から、特にミステリとして高レベルなものを七作、厳選しました。刊行順に並べましたので、最初は恋人どうしだったるいと東吾が、夫婦になり、娘が生まれという人間関係の変化や、序盤では道場の師範代だった東吾が終盤では軍艦操練所に勤めているという、幕末ならではの時代の変化も合わせてお楽しみいただけることと思います。さらに七作目は明治になり、十代の若者に成長した子どもたちに主人公が代替わりした一編です。
本書で初めて「かわせみ」に触れるミステリファンの方にも、これまでずっと「かわせみ」をお読みいただいた皆様にも、ともに新鮮な出会いとなるに違いありません。
では、どうぞごゆっくりお楽しみください。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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