大先生は吹き出され、台所に向かって大声で、オーイ! お前のカレーは竹の中だと! その日のうちにその話を岩田豊雄(獅子文六)先生に電話で報告。たちまち翌日奥様のところに岩田先生から速達が届いた。宛先の表示が「竹中華麗様」。この封筒は後日見せていただいた。そんなことから心許されたらしい。夏の避暑時の留守番とか、逆に別荘をお借りするとか結構阿川家には一時深入りした。深入りして一驚・感嘆したのは、とにかくこの家族の時代離れした男尊女卑の風習であり、それに唯唯諾諾と盲従する奥様と佐和子姫の江戸時代の女のような忍耐力だった。虐げられているから暗いかといえば、そんなことはない、明るいのである。
僕の祖父母は慶応生れの、それこそ江戸時代の人間だったが、ある日祖父が何かで激昂し、祖母に向かって出て行け! と怒鳴ったらその時祖母は全く怯えず「台所の隅にでも置かせていただきます」とそれから一週間台所で暮していた。幼時期のあの記憶が久しぶりに蘇った。
大先生の書かれた原作を、僕は何本か脚色している。その殆んどが私小説だが、阿川家ほどドラマの素材として面白い材料は見当らない。
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