- 2019.03.09
- 書評
何が現実か? 価値観を揺さぶられ霧の中を彷徨うような酩酊感を味わう
文:末國善己 (文芸評論家)
『死仮面』(折原 一 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
作中作がメインと思われていた物語を食い破る展開や、雅代が夢から覚めた時に機械音のような「ブーン、ブーン……」という響きを聞き、壮太郎の屋敷に閉じ込められた「僕」が脱出口を探す時に「ぶーん、ぶーん。ちゃかぽこ、ちゃかぽこ」という音を聞くところなど、本書は夢野久作の名作『ドグラ・マグラ』(松柏館書店、一九三五年一月)を意識している。
『ドグラ・マグラ』は、「私」が「…………ブウウ──────ンンン──────ンンンン………………」という時計の音で目覚める場面から始まる。記憶を失った「私」の前に法医学教授の若林が現れ、自殺した精神病科教室の正木教授に代わって記憶を取り戻す手助けをするという。「私」は記憶を取り戻すため、若林教授から与えられる資料を読んでいくが、その中には「チャカポコチャカポコ」と阿呆陀羅経風の擬音を交えた正木教授の論文「キチガイ地獄外道祭文」があった。だが死んだはずの正木教授が「私」の前に現れ、若林教授の犯罪を告発するのである。
『ドグラ・マグラ』は、「私」が関係したらしい殺人の謎も描かれるが、それ以上に、現実と幻想、現在と過去、正常と狂気などをない交ぜにする迷宮的な物語を作ることに主眼が置かれていた。これに対し本書は、現実と作中作の境界を破壊するなど『ドグラ・マグラ』を彷彿させる構成はもちろん、丁寧に伏線を回収しながら驚愕の結末を導き出す本格ミステリの骨格も維持している。その先に、『ドグラ・マグラ』的な唯一絶対の解決や誰もが認めるような現実を拒む仕掛けも用意されているので、著者は日本の探偵小説史に残る名作を噛み砕き、独自の世界に再構築することに成功したといえる。著者のたくらみは、文庫で加筆された「エピローグ」によって強化されており、本書が『死仮面』の決定版といっても過言ではあるまい。
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