歌人としてのご活躍、絵本作家や翻訳家としての一面、鮮やかに的を射る評論者としての一面、そのどれとも違う部分がエッセイでは爆発しています。実のところご本人はいつお会いしてもシュッとしてるのに、なぜだかエッセイのなかの穂村氏はぐずぐず悩んで不器用でどこかズレている。おびえたふり、弱いふり、シャイなふりが(にくらしいくらいに)上手だなあ。けれど、ときどきしれっとして平気そうな、ずぶとい面もある。堂々としているときもあって、なんともミステリアスな存在です。
現実と妄想がゆるやかに繋がり、私たちを「言葉」というツールで、どこでもない場所へと導いていくこれらのエッセイ。平凡な私の発想なんて易々と飛び超えていく、きわめて特殊で、ミラクルな体験をすることができる一冊です。
ところで、「17年ぶりの新歌集」として出た穂村さんの四冊目の個人歌集『水中翼船炎上中』(2018年、講談社)。タイトル通りそれはもうスタイリッシュで洗練された、きらびやかなホムラワールドなのですが、今回気になって「食べもの」の短歌を拾ってみたところ……意外にもけっこうあるのです。
コンビーフはなんのどういう肉なのか知ろうとすれば濡れた熱風
スパゲティとパンとミルクとマーガリンがプラスチックのひとつの皿に
意味まるでわからないままぱしぱしとお醤油に振りかける味の素
魚肉ソーセージを包むビニールの端の金具を吐き捨てる夏
マグカップのごはんに玉子かけている運動会の声が聞こえる
ナタデココ対タピオカの戦いを止めようとして死んだ蒟蒻
熱い犬という不思議な食べ物から赤と黄色があふれだす夏
めくるめくコトバたち! ノスタルジックでユーモラス、荒っぽいようなクールなような不思議の世界に魅了されます。ああ、けれどやっぱり見事にお腹はぐーと鳴りません。
そう簡単に「食べもの」となかよくなろうとはしない、させない、穂村さんこそが「逆ソムリエ」なのかもしれませんね。
昔、夫婦でのイタリア旅行がお互い重なって、ミラノで合流するという、なんとも洒落て聞こえるシチュエーションがありました。誘い合って夜、リストランテへ。英語のメニューをしげしげと見ていた穂村さんが、
「アッラディアボラ、これって悪魔だよね。悪魔風……これ気になります」
と、ぽそりとおっしゃいましたっけ。
穂村さんは言葉をむしゃむしゃと味わう人なのだな、とその時、感じました。
「悪魔風」って辛いんですよ、ってことは黙っておきました。
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