デビュー作の『宇喜多の捨て嫁』、続く『戦国24時』『兵(つわもの)』をはじめ、戦国時代を舞台にした、意外性に富む作品で多くのファンを魅了してきた木下昌輝さん。最新短篇集『炯眼に候』では、織田信長の姿をさまざまな角度から、新たな視点で捉えていく。
「学生の頃に『桶狭間の奇襲はなかった』という雑誌記事を読んで、その根拠になっていた史料が、信長の家臣の太田牛一が著した『信長公記(しんちょうこうき)』でした。いわばヒットラーの伝記を側近のゲッベルスが書いたようなもので、現代語版を読んでみたらすごく面白かった。若い頃は馬と鉄砲ばかりにのめりこんでいた信長が、迷信のある池の水を全部抜こうとしたとか、熱した斧を素手で受け取る火起請(ひぎしょう)という儀式で火傷ひとつ負わなかった話など色んなエピソードがあります」
信長がメジャーであるがゆえ、登場する人物、勝負の帰趨をどのように描けるのか――曰(いわ)く「録画した日本シリーズを観るような」歴史的事実。それをよく知る読者に対しても惹きつけられる作品に仕立てるため、こだわったのは最後の一行ですべてが変わるようなどんでん返しだ。
「『信長公記』は何度読んでも発見があって、たとえば長篠の戦いでは〈伏兵を効果的に使った〉と書かれていて、その意味することは何か? 明智光秀についても、ずっと〈惟任(これとう)〉と記されていたのに、本能寺の変以降は〈明智〉となっています。その解釈の仕方によって様々な可能性が浮かんでくるのは、まるで暗号を解いていくような感じでしょうか。信長が光秀によって本能寺で討ち取られたという事実は変わりません。それでも勝負には負けていなかったというシチュエーションを作るため、あえて首を隠して敵方に渡さないということを考えました」
このアイディアから生まれたのが、本書のラストを飾る「首級」。主人公は黒人奴隷の弥助(やすけ)だが、舞台がムガル帝国からはじまり、アフマドナガル王国に終わる構成にも驚かされる。
「あの時代には多くの日本人も海外に進出していましたし、ボーダーを越えていく人間の物語を書いていきたいという気持ちは常にありますね」
ほかにも馬廻衆(うままわりしゅう)・荒川新八郎(あらかわしんぱちろう)(「水鏡」)、鉄砲の名手・杉谷善住坊(すぎたにぜんじゅうぼう)(「弾丸」)、鉄甲船建造を命じられた九鬼嘉隆(くきよしたか)(「鉄船」)らを主人公にしながら、徹底した合理主義者である信長の炯眼が随所に光り、発見に満ちた一冊となっている。
「歴史小説の中でしかできない謎解きの仕掛けは、僕から皆さんへの挑戦状です(笑)。存分に楽しんでください」
きのしたまさき 一九七四年奈良県生まれ。近畿大学理工学部卒。二〇一二年「宇喜多の捨て嫁」でオール讀物新人賞。『人魚ノ肉』『天下一の軽口男』『宇喜多の楽土』など著書多数。
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