大島 半二のもうひとつの特徴はファンタジー要素だと思います。三大狂言の『義経千本桜』にも「狐忠信」のような妖しの感じはあるけれど、それとは別の非現実的なファンタジー要素が、『本朝廿四孝』など、半二の作品にはちょっとずつ入っています。
呂太夫 象徴的なのが、妹背山の「妹山背山の段」ですよね。まずビジュアルに訴えて、満開の桜がきれいで、きらびやかな吉野山にお客さんの目を釘付けにする。遠近法は単純なものを使っていて、右手に背山、左手に妹山、中央に流れるのが吉野川。でも、あんなに急流だと語っているのに、雛鳥の首が川の流れに真横に渡っていけるわけがない(笑)。
大島 誓い合った仲とはいえ、なぜ対岸の久我之助のもとへと無事に届くんだろう、と(笑)。
呂太夫 だけど半二の作品は、全員がそれはそんなものだろうと納得させる力強さを持っています。
大島 先ほど話していた「道行恋苧環」でも、お三輪ちゃんと求馬の袖を奪い合う場面で、三人で踊りだすシーンがありますよね。
呂太夫 よく考えたら喧嘩をしていた場面なのに、浄瑠璃も合唱になり、三味線や太鼓、鉦も囃したてて、なぜ三人で和気あいあい踊るのか、理屈で説明できないんだけど、あれもファンタジーだから。ああいったスペクタクルな場面が、本筋とは関係ないんだけれど芝居をすごく盛り上げていく。
大島 本当にいきなりで驚きますけど、あの道行の場面は、妹背山の中でも特に好きなところで何度でも観たい。
呂太夫 蘇我入鹿のお屋敷が舞台になる「金殿の段」でも、豆腐買が〈こちとらまでが内太股がぶきぶきと 卯月あたりの弾け豆〉と非常にエッチなきわどいことを言わせて、お客さんも変なことを想像しているところに、男性とはふだん接点がない、身分の高い意地悪な官女を大勢登場させる。そこへ恋人を探す町娘のお三輪がひょいと現れるところなんかもドキドキさせる仕掛けです。ほかにも前半の「芝六忠義の段」で、石子詰めの伝説を使ったりしていますが、その辺のファンタスティックな要素をなぜ半二が採用したかは、大島さんの小説の中で書かれていましたね。
大島 その場面も私の頭の中に見えたことで、実際にそうだったかは分かりませんけれど(笑)。ただ、残されている随筆や日記、文楽年表などをかなり詳しく辿っているので、奥さんや娘がいたこと、京都にいた時期、大坂でオーロラが見られたことなど事実もふんだんに盛り込みましたし、芝居のお稽古の場面は、師匠から伺ったお話もずいぶん参考にさせていただきました。色んなお話も伺えたし、色んな出逢いがあっての『渦』という作品になっています。
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