ならば、と初美は必死に身体を鍛えたのに、そこに夫は、ぐらりともなびかない。
容姿じゃない。愛情でもない。性欲もお互いある。じゃあ、何だ、何なのだ。
何度打ち負かされようとも立ち上がって、敵に立ち向かう戦士のように、夫婦の間に横たわる“セックスレス”という名のモンスターに初美は挑み続ける。その熱は、確実に夫に伝わってゆく。
「もしかすると、すべては実りを待つようなものなのかもしれない。時間をかけて、手間をかけて、肌を合わせていれば、心を通わせてさえいれば。夫婦で居ることをしぶとくやめなければ。いつしか花はゆるやかに開くのかもしれない」
茶道、華道、武士道の如く初美は、セックスレス道を極めてゆく。
吐き出される想いは禅語のように、身体に染み渡る。
初美は健気だ。大人のオンナにはなり損ねたかもしれないが、持ち前のタフさと、一途な愛で、夫と向き合っていく。愛する人とセックスをしたいから。
性欲のずっとずっと先にある命をこの手で摑みたいから。
彼女の行き場のない性欲や愛情や母性が、どうか報われる日が来ますように、と祈らずにはいられない。
「奥さんと何年もしていない」と平気で豪語する既婚者を時々見かける。そんな男性には、この物語を読んでいただきたい。セックスレスはなんの自慢にもならない。この切実で、誠実な二人の奮闘ぶりを見よ、と。
そして今、これを読んでいるあなたが、幸せと性欲の間で揺れ動いているのだとしたら、官能のお守りとして、この文庫本をそっとカバンにしのばせてほしい。
特に、老舗バーで同級生と飲む夜なんかに。