- 2019.05.30
- 書評
官能小説とも恋愛小説とも区切られないセックスレス道というディープな世界
文:小橋めぐみ (女優)
『奥様はクレイジーフルーツ』(柚木麻子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ならば、と初美は必死に身体を鍛えたのに、そこに夫は、ぐらりともなびかない。
容姿じゃない。愛情でもない。性欲もお互いある。じゃあ、何だ、何なのだ。
何度打ち負かされようとも立ち上がって、敵に立ち向かう戦士のように、夫婦の間に横たわる“セックスレス”という名のモンスターに初美は挑み続ける。その熱は、確実に夫に伝わってゆく。
「もしかすると、すべては実りを待つようなものなのかもしれない。時間をかけて、手間をかけて、肌を合わせていれば、心を通わせてさえいれば。夫婦で居ることをしぶとくやめなければ。いつしか花はゆるやかに開くのかもしれない」
茶道、華道、武士道の如く初美は、セックスレス道を極めてゆく。
吐き出される想いは禅語のように、身体に染み渡る。
初美は健気だ。大人のオンナにはなり損ねたかもしれないが、持ち前のタフさと、一途な愛で、夫と向き合っていく。愛する人とセックスをしたいから。
性欲のずっとずっと先にある命をこの手で摑みたいから。
彼女の行き場のない性欲や愛情や母性が、どうか報われる日が来ますように、と祈らずにはいられない。
「奥さんと何年もしていない」と平気で豪語する既婚者を時々見かける。そんな男性には、この物語を読んでいただきたい。セックスレスはなんの自慢にもならない。この切実で、誠実な二人の奮闘ぶりを見よ、と。
そして今、これを読んでいるあなたが、幸せと性欲の間で揺れ動いているのだとしたら、官能のお守りとして、この文庫本をそっとカバンにしのばせてほしい。
特に、老舗バーで同級生と飲む夜なんかに。
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