つまり科学やその洗礼を受けた合理優先発想着目よりも、その心性によって生まれ落ちた新タイプの小説という魅力的なものの伝播力の方が早足であった、という事情による。日本という東方の島の渚には、科学→探偵小説という本来の順番が、入れ替わって漂着した。
そこで科学革命をまだ見ぬ、あるいはその洗礼を体験できぬ東京の江戸川乱歩は、当時の日本人の情優先の前時代感性に訴えるため、この輸入品を、江戸時代の見せ物小屋のケレンを活用して定着させた。やすやす性娯楽に接近しそうなそのやりきれない通俗性に、文学畑が激しい道徳的嫌悪を感じた、そういう経緯の反感を無思慮に引きずる不勉強がこの日本型常識を生んだが、中国大陸においてはそのような歴史はない。それは日本の小説家、太宰も乱歩も島田も、近年同時に上陸し、それぞれが独立的に時代を持つ暇(いとま)がなかったという簡単な理由による。
中国の文壇人にとってはミステリーも文学の一形態であり、上等下等の差はない。のみならず、「本格のミステリー」としてその体裁をよく整えるようになったこの日本流の文芸は、先述したような心性を頭上にいただく人工物をも、うまく載せ得る器であるという事実を、中国の新しい書き手が今回『黄』という創作によって示してくれた。ミステリー愛好国家としては新人の、中国文壇の貴重な風土によく助けられ、この本格志向の物語には華文文学の風合いが無理なく混入して、全体に漂うその真摯で重い気配が、この作を傑作の位置にまで高めた。
さらにこの著作には、非常に重大な意味合いが、おそらくは作者の意図しない場所で発生し、それによる、歴史の遺志とでも呼ぶべき辻褄の合い方の見事さに、選者である自分はある感傷を汲みとることになったので、次にその説明をしたい。
台湾に来るたび、講演などで筆者が述べたことであるが、日本における文学畑からの軽蔑視線とも似た無根拠な偏見が、ミステリー文芸黎明期の英国において存在する。「十戒」を提案したノックスが、この小説群の主題たる論理思索を高度に保つために、魔術を操りそうな中国人を登場させてはならない、と述べたことである。
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