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面白い作家が、すごい作家になる瞬間がある。

面白い作家が、すごい作家になる瞬間がある。

文:細谷正充 (文芸評論家)

『希望が死んだ夜に』(天祢 涼 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『希望が死んだ夜に』(天祢 涼 著)

 神奈川県警刑事部捜査一課の真壁巧は、川崎市で起きた少年犯罪を担当することになった。川崎市立登戸中学二年三組の冬野ネガが、クラスメイトの春日井のぞみを殺し、自殺に見せかけようとしていたところを警官に発見され、逮捕されたのだ。取り調べでのぞみを殺したことを認めたネガだが、詳しい事情や動機を話そうとはしない。いわゆる“半落ち”である。有能だが評判のよくない多摩署の生活安全課少年係の仲田蛍と組まされた真壁。出世欲の強い彼は、上司の顔色を窺いながら、真実を追うことになる。

 という刑事コンビの調査が描かれる一方で、ネガ視点の物語が展開する。虐待やDVを受けたためにパニック障害を抱える母親と暮らすネガ。貧困家庭の生活にモヤモヤしたものを抱えながら、なんとか生きていた。幼馴染で同級生の長谷部友輔は、ネガのことを気にかけているが、彼の母親の翼が貧困問題を扱う人気フリーライターになってから、距離を置いている。同じクラスにお嬢様のような春日井のぞみがいるが、別世界の住人だと思っている。しかしあることが切っかけになり、ネガはのぞみと親しくなった。その先に、どのような悲劇があるかを、知らないままに――。

 バブル景気の崩壊後、経済格差が露わになると、日本を階級社会と捉える人々が増えてきた。二〇〇五年に刊行された三浦展の『下流社会』がベストセラーになったことは、記憶に新しい。また近年、ネット・スラングから生まれた“上級国民”という言葉が目立つようになったが、これも日本が階級社会だという認識があってのことだろう。たしかに現在の日本は、いろいろな意味で階級化しているのだ。

文春文庫
希望が死んだ夜に
天祢涼

定価:869円(税込)発売日:2019年10月09日

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