- 2019.11.12
- インタビュー・対談
〈天童荒太インタビュー〉故郷・道後温泉を舞台に“本当の幸せ”を描く
「オール讀物」編集部
『巡礼の家』
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「昨今の世の中は格差肯定社会、競争肯定社会といいますか、人々が汲々としている気がします。一生懸命働いているのに豊かさを感じられなかったり、何でも手に入る世の中になったはずなのに、幸せを感じられない人々が増えていると思うのです。では私たちにとって“本当の幸せ”とは何なのか。物語を通じてひとつのモデルを提示してみたいと考えるようになりました」
天童荒太さんの最新作『巡礼の家』は、自身の出身地である道後温泉を舞台に、心に傷を抱えた人々の交流と再生を描いた心温まる物語だ。主人公は、とある複雑な事情を抱え、逃げるように家を飛び出した少女・雛歩。帰る場所を失い途方に暮れる彼女を救ったのは、お遍路宿「さぎのや」の女将だった。美味しい食事、親切な人々、快適な寝床。そこは“理想郷”と呼ぶにふさわしく、穏やかな日々を過ごすなかで雛歩の心は徐々に溶かされていく。そして彼女自身も、宿を訪れる人々に癒しを与える存在へと成長していくのだった。
「私たちが心から安らげる場所、魂が帰っていきたい場所というのは、言葉にすると“故郷”になると思います。もちろん、現実の故郷には同調圧力をはじめ煩わしいことも多いですが、誰しもが心のどこかで“理想の故郷”を求めているのではないでしょうか。そこで人々と助け合いながら暮らすことが“本当の幸せ”に繋がると思います。私の育った道後温泉は八十八か所のお遍路がある街で、おもてなしや接待の文化が根付いています。この物語の舞台にはぴったりでした」
“笑い”の要素を意識
この作品で新たに挑戦したこともある。若い読者に届けたいという強い思いから、“いつまでも読んでいたくなる文体”を目指した。
「これまでの10年間は、自分の表現、文学でできる表現を極めたいという思いで書いてきました。その取り組みは『悼む人』『歓喜の仔』『ペインレス』の3作品を通じ、私のなかで一区切りついたと思っています。これからは今まで培ってきた技術を使って、多くの人に小説の魅力や面白さを伝えたい」
なかでも「今までで一番意識した」というのが、“笑い”の要素だ。過去の作品は、辛さや悲しみを奥深くまで掘っていく内容が多かったが、本作にはユーモアがちりばめられ、思わず笑いがこみあげてくる場面も多い。
「本離れが進むなか、言葉はものすごく面白いものなんだ、ということを伝えたかった。言葉は悲しみをすくい取ることもできれば、笑いを起こすことだってできます。読みながらたくさん泣いて笑って、楽しんでほしいです」
てんどうあらた 一九六○年生まれ。八六年『白の家族』で野性時代新人文学賞を受賞。『家族狩り』で山本周五郎賞、『悼む人』で直木賞、『歓喜の仔』で毎日出版文化賞受賞。
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