- 2019.11.22
- 書評
ラストに待ち受ける大いなる感動。だが、謎が解かれて終わりではない。
文:末國善己 (文芸評論家)
『壁の男』(貫井徳郎 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ところが第二章になると、「私」は第一章の三人称のパートで語られた事実を知らないまま、手掛かりが伊苅の過去にあると考え、東京で暮らしていた頃を知る関係者を捜すことになる。第二章も途中から伊苅の東京時代を描く三人称の物語になるが、やはり「私」はそこで示された事実に気付かないまま、第三章では伊苅が結婚したさらに昔の事情を調べていく。一般的なミステリでは、鋭い洞察力を持った名探偵が、読者が見落としている手掛かりや伏線を指摘しながら推理を組み立て、驚くべき真相を導き出す。これに対し本書は、探偵役の「私」は伊苅の知人に話を聞くだけで先に進めない堂々めぐりをしているのに、読者はより多くの手掛かりを目にする逆転の構図になっているのだ。著者が、探偵役のノンフィクションライターを真実にたどり着けない一種の道化にしたのは、マスコミが報じている事件は必ずしも真相を明らかにしておらず、本当に事件の本質を理解したいのであれば、与えられた情報をもとに受け手も思索を深める必要があることを、示すためだったように思える。
こうした著者の鋭いまなざしは、長引く経済の低迷による疲弊と閉塞感、厳しい環境で耐え忍んできたことから生まれる郷土愛がコミュニティの外から来た人との間に軋轢を生んでいる地方都市の現実など、現代日本の社会問題もあぶり出していく。何気ない設定が、なぜ伊苅は町中の壁に絵を描いたのかという謎とからみながら意外な形で、思わぬテーマを浮き彫りにする本書は、社会派ミステリとしても秀逸である。
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