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ラストに待ち受ける大いなる感動。だが、謎が解かれて終わりではない。

ラストに待ち受ける大いなる感動。だが、謎が解かれて終わりではない。

文:末國善己 (文芸評論家)

『壁の男』(貫井徳郎 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『壁の男』(貫井徳郎 著)

 第一章から過去へと遡りながら進んでいた本書だが、第五章になると時間が少し巻き戻り、オーディオ機器メーカーに入社して三年目の伊苅が、地方にある子会社の工場を担当していた時期の物語になる。その工場で伊苅は、会社の方針に堂々と異議を唱える若手社員の澤谷と、妻の美里と親しくなる。養護施設で育った二人は、早く家族を作りたいと考え結婚、伊苅と出会った直後に美里が妊娠し、やがて女の子を産む。

 ミステリには、我孫子武丸『殺戮にいたる病』、米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』、乾くるみ『イニシエーション・ラブ』のように、ラストの一行で読者の思い込みを覆す“最後の一撃”と呼ばれる手法がある。第五章も一見するとミステリには思えないが、前半部から周到に配置されていた伏線が回収され、伊苅と梨絵子は夫婦なのになぜ笑里への距離感が違ったのか、なぜ伊苅は梨絵子の真の姿を知りながら結婚を選んだのか、といった残された謎が鮮やかに解明され、最後の最後で伊苅が奇妙な絵を描いた動機も納得がいく形で提示されるので、“最後の一撃”ものの傑作といえる。

 伊苅の愚直さを崇高さに変える“最後の一撃”には思わず涙が込み上げるほどの感動があるが、本書は謎が解かれて終わりではない。不器用だが逆境にあっても逃げ出さず懸命に生きた伊苅は、常識を楯に相手を見下す愚かしさ、生きている人間が果たすべき責務、家族とは何かなど、多くの問いを投げ掛けているのだ。本書は、これらに読者が自分なりに答えを出して、初めて完結する小説なのである。

文春文庫
壁の男
貫井徳郎

定価:825円(税込)発売日:2019年11月07日

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