- 2019.11.25
- 書評
「もう少しだけ、頑張ってみよう」――そんな力を与えてくれる、お仕事小説
文:塩田春香 (会社員・HONZレビュアー)
『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』(朱野帰子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
大事なものをズタズタにするくらいなら、いっそ食い扶持のためと割り切れる仕事をした方がいい。賢児が「今度は科学とも似非科学とも関係ない企業にしよう」と退職を決意する過程には、好きなことを仕事にした人たちが少なからず味わう苦悩がにじみ出ています。それでも、科学を好きでいることをやめよう、とはまったく思ってもみないことから、どれほど彼が科学を愛しているかが伝わってくるのです。
自社製品が事故を起こして対応責任者にされた賢児が、被害者の父を名乗る男に呼び出され、土下座を強要されたうえに頭を踏まれる場面でも、同じことが読み取れます。子どもの頃、上級生に謝罪を強要され、それを拒んで頭を蹴られて顔を血だらけにしながらも決して謝らなかった彼が、這いつくばって頭を下げ、その頭を足で踏まれる。それほどの屈辱には耐えても、似非科学商品の開発には耐えられない……。
でも、科学好きであるがゆえに苦しんでいるように見える賢児ですが、科学を好きでいることこそが彼を救っている、と考えるのはおかしいでしょうか? 頭を踏まれた夜、彼は科学記事を読むことで自分を保ちます。お金のかかる趣味を持たない彼は、ロケット発射の中継を見たり、科学シンポジウムを聴講したり、科学に接することで、常に精神の均衡を保っているようにも見えるのです。
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