それでも、時々ふと思うのです。あのとき、パワハラ上司に頭を下げていたら。「わあ、○○さん、すご~い!」とお世辞のひとつでも言えていたら。もっと生きやすい、もっとチャンスを与えられる、違う人生があっただろうか。弱い立場で働く多くの人たちが経験している理不尽に、私も苦しまずに済んだだろうか、と。
あったかもしれない別の人生を思い浮かべそうになったとき、それでも……と思い直します。後悔はしていないし、応援してくれる人たちもいる。この先だって良くも悪くも、何が起きるかわからない。もう少しだけ、がんばってみよう、と。
賢児にも、科学を支えるチャンスは意外な形でめぐってくるかもしれません。妄想を許してもらえるならば、彼はその後、科学館の再建に取り組んで、会社をリタイアした後の人生を解説員ボランティアとして過ごし、草の根的に科学を支える日が来るかもしれない。父が賢児の幼なじみ・蓼科譲を科学者へと導いたように、未来の科学者が生まれるきっかけを、誰かに与えることになるかもしれない。本書の終わりに種子島へと旅立った彼は、自縛を解き放ち、すでに新しい一歩を踏み出しています。