本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
思い込みの殻が壊せたら――住野よる×芦沢央が本気で語った120分

思い込みの殻が壊せたら――住野よる×芦沢央が本気で語った120分

別冊文藝春秋

電子版29号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #歴史・時代小説

「つらい」って言っていい

「別冊文藝春秋 電子版29号」(文藝春秋 編)

芦沢 その「ないものにされてしまっているもの」に光を当てるのが、住野さんの真骨頂だと感じます。私は、住野さんの本がこの世にあって本当によかったと思うんです。我が家には小さい子がふたりいるんですが、本棚に置いておけば、この子たちもいつかきっとこの本と出会う。それは私にとってすごく希望なんです。私、子どもを産むとき、「こんな世の中に産み落としていいんだろうか」とすごく怖かったんです。自分は全力でこの子を守るつもりだけど、将来、私の手が届かなくなる瞬間が絶対にやって来る。そこでこの子はどうやって生きていくんだろう……と。

 でも、この本が家にあれば、いつか子どもが生きていくうえで困ったときに読んでくれるんじゃないか、ここに書かれていることを養分にして、世の中に対峙できるかも、と思えた。お守りみたいな本だな、って。

住野 そんなそんな……! 恐縮です。先ほどもお伝えしたように、僕のほうこそ、芦沢さんの作品を希望としてるんです。『カインは言わなかった』は、僕が主題にしている価値観の揺らぎのようなものを、自分よりもっと高次元で実現していらっしゃると思います。だからこそ、大好きな作品なんですね。

 小説の冒頭で、誰が誰を殺したのかわからない殺人シーンが出てきますよね。真実は最後の最後までわからない。そして、誰が誰を殺していてもおかしくないという。

 つまり、最後に誰が風船を割るのか、というお話なんですよね。実はこれ、小説の中のことだけではなく、僕たちが生きる現実の世界でも同じことが言える。明日誰かが誰かを殺すかもしれないけど、それは僕かもしれない。僕が家族を殺してしまうことがあっても、本当はおかしくないなと感じます。極端な話に思われるかもしれませんが、僕たちの人生や価値観は、そんなに割り切れるものではない。『カインは言わなかった』は、そうした緊張感を最後まで保って、風船を膨らませ続けていくのが面白い。

芦沢 いつも考えていることがあって。誰かが誰かを殺すっていうその感情を、人はそんなに簡単に理解できるものなのかなと。ミステリーだと、「ああ、この動機わかる!」とか、「えー、この動機で人を殺すかな? 納得いかない!」とか、いろんな反応がありますよね。そういうときについ、私はどうだろう、誰か身近な人が殺人事件を起こしたとして、その動機を理解できるものだろうかと自問しちゃうんです。だから、みんながはち切れんばかりの動機を抱えているこの物語では絶対に、殺人という行為の、その途方もなさだけは伝えたいと構成を考え抜きました。

住野 たしかに、そうですよね。本当は人が人を殺す理由なんて、そんな簡単にわからないですよね。

芦沢 ミステリーだと、そのあたりに言及されることが多いので、むしろ逆手にとってやろう、という思いもありました。

住野 僕、すごく泣いてしまったセリフがあるんです。ある人物が、「それは追い込みますよ。そうやって追い込まれる中で、ありものじゃない表現を見つけていくんだから」と言いますよね。作家・住野よるとして、芦沢さんに手を引いていただくような感覚を抱きました。僕は小説家になってから、いろいろあって。Twitterを見てくださっている方ならわかると思うんですが、小説家になるまでは全然酒を飲んでいなかったのに、今は飲んでばかりで。

 そんなこともあって、自分のことをずっと「無様だな」と感じていたんです。でも、あのセリフを読んで、本を生み出していく過程でボロボロになることは、無意味じゃなかったな、と思わせてもらったんです。こういうセリフを書く方がいる、こんな姿勢で闘っている小説家さんがいるんだ、と思ったらもう……。

芦沢 嬉しい、書いてよかったです……。本当に、作品を発表するってしんどいことですよね。

住野 そう。いや、「そう」って言い切ってしまっていいのかわかりませんが(笑)、本当にそうなんですよね。

芦沢 「自分が感じているつらさぐらいで、『つらい』って言っちゃいけないんだ」というような感覚って、みんな持っていると思うんです。でも、それこそが不幸を呼んでいる気もするんですよね。他の誰かから見れば「そんなこと」と思われるようなことでも、「つらいんだ!」という事実は厳然としてある。それを否定する権利は誰にもないですよね。

 住野さんの『か「」く「」し「」ご「」と「』の登場人物たちはみんな、いろいろな能力を持っている。でもその能力はまったく万能ではなくて、それゆえのつらさというものが、それぞれ書かれているじゃないですか。どんな能力を持っていても、各自がどんな状況にあっても、「つらい」と言っていいんだ、というメッセージを強く感じました。それを、小説を通じて伝えたいですよね。

住野 はい。『カインは言わなかった』の誉田は東日本大震災で妻を亡くしていますよね。僕は3月11日になると、例えばその日に大好きな人に告白するはずだった、どこかにいたかもしれない誰かのことを考えるようにしているんです。その人の人生も、あの震災でたぶん変わってしまったと思うんです。きっと現実にも、結婚式であるとか、その日に子どもが生まれた方であるとか、逆に、闘病していた家族が亡くなったり、あの日が自分にとって大切な、あるいは個人的な悲しみに満ちた一日だったという人たちがたくさんいるんじゃないかと思うんです。

 そういう人だって充分震災の影響を受けているのに、被災された方たちと比べて、自分の状況は、とつい考えてしまうでしょう。僕は、3月11日には、そういう方々のことを想像してしまうんですね。

【次ページ この小説は、きっと誰かの人生を変える】

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版29号(2020年1月号)
文藝春秋・編

発売日:2019年12月20日

プレゼント
  • 『さらば故里よ 助太刀稼業(一)』佐伯泰英・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/7/9~2024/7/16
    賞品 『さらば故里よ 助太刀稼業(一)』佐伯泰英・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る