この小説は、きっと誰かの人生を変える
芦沢 住野さんのそうしたやさしさと視野の広さが、作品にもにじみ出ていると思います。そして、住野さんの作品は、「生きづらさ」を書いている小説なのに、読んでいてまったくつらくなくて、最後まで温かい。
一方で、住野さんも私も、ある種の「生きづらさ」を物語の核に置いていることは確かだけど、アプローチの仕方が異なるな、とも感じます。『カインは言わなかった』のラストでは、読む人によって解釈が変わるというか、解釈の幅が広いものになればいいな、と考えて書いていきました。「えっ、これひどくない?」と思う人もいれば、「いや、よかったね」と安堵してくれる人もいるでしょうし、そもそも「本当にこの感想でいいのかな……?」と不安に思うぐらい、当たり前じゃないものを目指したかったんです。
住野 僕も読み終わった後に、「ああ、よかった。でも、本当にこれで幸せなのかな」と思いました。そうやって、読者を揺さぶる力が、この小説にはある。先日、「この小説は誰かの人生を変える気がする。変わるのはあなたの人生かもしれない」と、推薦文を寄せさせていただきましたけど、心からの言葉です。「選ばれたい」とひたすら願っていたダンサーに起きるある変化……詳しくは言えませんけれども、そこで「そうか、自分も」と思って次の一歩を踏み出す読者の方がきっといる、そう思ったんです。
ちょっと話が逸れてもいいですか? 僕は音楽、特にバンドがめちゃくちゃ好きなんですが、『カインは言わなかった』を読んで最初にパッと思い浮かんだのが、MOROHAというおふたりで。小説の読後感と、そのMOROHAの曲を聞いたときの感覚が似ていると思ったんです。
彼らの「上京タワー」という曲に、「才能ねぇ? センスがねぇ? うるせぇてめぇ 凡人ぶって逃げてんじゃねぇ」というフレーズがあります。その歌詞を初めて聞いた時は「こんなことを言う人がいるんだ」と驚きましたが、でも言われてみたら、僕らみんな、凡人ぶって逃げているな、と感じて。それと同じように、『カインは言わなかった』で誉田に選ばれようとしているダンサーは、それだけではむしろ、目指しているものから遠ざかっているだけだな、と。いま持ってるものがすべてじゃないのに。それに気づいたときに、「自分も逃げているだけじゃないか?」と思う子がいるんじゃないか、と思いました。数年という短いスパンじゃなくて、もしかしたら10年、20年かけて、『カインは言わなかった』を読んだから人生が変わった、という人が出てくるんじゃないかな、って。
芦沢 いただいた推薦文のフレーズに、そんな意味を込めてくださっていたんですね……。私もデビュー前、小説を12年間、新人賞に応募し、落ち続けていたんです。毎回、「面白いのに、なんでダメなんだ」と悔しく思っていたんですが、自分のありのままで勝負するという姿勢がまずおこがましい。それに気づいた時に、それこそ自分が「凡人」に思えたんですね。私にはそもそも生まれながらの武器なんてないのだから、とにかく自分がタコ殴りにあって変わっていくしかないんじゃないか、と。これは今でもそう思っています。
変わる、ということは、自分を部分的に否定することにもつながります。でも、自己肯定も大事だけれども、自分を壊すこともすごく必要で、壊すからその先に行くことができる。住野さんの作品群も、いろいろなものを壊していきますよね。それまでの人間関係でうまくやっていて、誰も傷つけないし、自分も傷つかないし、というスタンスの人物が、「でも、本当にそうなんだろうか」と揺らいでいく。人としての輪郭を揺るがせることで、その登場人物を一歩先に進ませますよね。その点では、特に『君の膵臓をたべたい』のカウンターのような作品である『青くて痛くて脆い』を読んだ時に、「ああ、すごい……!」と思いました。
住野 ありがとうございます。担当さんが喜びます(笑)。
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