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ジョン・フォード論 第一章-I  馬など

ジョン・フォード論 第一章-I  馬など

文:蓮實重彦

文學界2月号

出典 : #文學界

「文學界 2月号」(文藝春秋 編)

 封切り当時の「ニューヨーク・タイムズ」《The New York Times》紙は、『香も高きケンタッキー』についてはまったく何も語っていない。(註2)事実、無声映画の黄金期にフォードが撮ったこの作品はこれといった評判にもならなかったし、現在にいたるも市販のVHSやDVDはほとんど存在してはおらず、近年ではおそらく劣悪な16ミリのプリントによるものらしい見苦しいコピーがサイト上に出まわっているが、スクリーンで上映される機会もごく稀なのである。この稀有な作品の題名をぜひとも覚えておいていただきたいのであえてくり返しておくが、『香も高きケンタッキー』という作品は、『アイアン・ホース』(The Iron Horse, 1924)で一躍名を挙げたジョン・フォード John Ford が、この時期の代表作といってよい『三悪人』(3 Bad Men, 1926)の準備にとりかかる直前に、これといった野心もこめずにさっと撮りあげたごくマイナーな作品の一本と見なされている。それは、ユニヴァーサル Universal 社時代の西部劇ではジャック Jack と署名していたフォードが、フォックス Fox 社への移籍後にジョン John と名乗り始めてから、まだ三年もたっていない時期の作品である。

 この頃のフォックスの契約監督たちがどのような仕事ぶりをさせられていたかについては、『インタビュー ジョン・フォード』(註3)で、ピーター・ボグダノヴィッチ Peter Bogdanovich に向かって、フォード自身が次のように回想している。「脚本の選り好みなど、許されなかった。仕事は、会社から投げ与えられるのが普通で、それを最善をつくして仕上げるのがわれわれだった。当時は、夜ベッドに入ると、翌朝早くベルで叩き起こされた。それが仕事の命令なんだ。『タイトルは何です』ときいても、答えは、『知らんね。しかし、七時には出社しろ!』だ。前もって何をやらされるか知ることもできないし、ましてや、準備のために一週間もらうことなんて夢のような話だ。誰が出演するかも、皆目わからない。会社は、キャストをすべてお膳立てして、こっちに押しつけ――場合によっては、お気に入りの役者を、その中に滑りこませることはできたがね」(前掲書95頁)。

文學界 2月号

2020年2月号 / 1月7日発売
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