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この語り手、信頼できないが……――ある奇妙な「覗き魔」の物語

この語り手、信頼できないが……――ある奇妙な「覗き魔」の物語

文:青山 南 (翻訳家、エッセイスト)

『覗くモーテル 観察日誌』(ゲイ・タリーズ)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『覗くモーテル 観察日誌』(ゲイ・タリーズ)

 雑誌「ニューヨーカー」(二〇一六年四月十一日号)に本書からの長い抜粋が掲載されると(わたしもそれで初めて読んだ)、ネタの奇怪さもなかなかだし、覗き魔の日記を整理したのが、もはやレジェンドにすらなっているタリーズだったから、たいへんな反響を呼び、スティーヴン・スピルバーグがはやばやと映画化権を取得、監督もサム・メンデスに決まった。

 しかし、本が発売される直前、一騒動がもちあがった。六月三十日、プルーフ版(事前にメディアに配る仮綴本)をチェックした「ワシントン・ポスト」が、「ゲイ・タリーズ 発売される自著を否定」と見出しの打たれた記事を掲載したのである。

 フースの日記の信憑性が問われていた。モーテルは一九八〇年にフースからアール・バラードという他人に売却されていて、それは不動産登記が証明しているというのだ。フースは一九八八年に買いもどしてはいる。しかし、一九八〇年から八八年まではひとの手にわたっていた。それなのに、その時期もフースは覗きの記録を書いている。自分が経営しているならともかく、他人の手にわたったモーテルで覗きをつづけることなんて可能だったのか。

 さすがのタリーズも「ワシントン・ポスト」の取材には動揺し、「本の信頼性がトイレに流れた今、私はこの本のプロモーションはしない」とコメントしてしまった。

 しかし、その翌日、タリーズは版元と共同で声明を発表し、記事に反論した。「そもそもフースという男が、時に信頼がおけない語り手だと、私は原稿にはっきりと書いている」「この本が焦点を当てたのはフースの若い頃と、一九六九~一九八〇年のことが中心であり、ワシントン・ポストが指摘するような問題はない」と。

 本は七月十二日に刊行された。

文春文庫
覗くモーテル 観察日誌
ゲイ・タリーズ 白石朗

定価:957円(税込)発売日:2020年01月04日

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