僕が伝えたいのは、あの頃の細部(ディテール)であり、質感(テクスチャ―)だ。そして「神は細部に宿る」の言葉通り、そういう微視的な語りの先に、巨視的な語りがおぼろげながらも出現することを期待したい。
小説風といっても、半生記のようにダラダラ書く気はない。〈我が修行時代〉の中から、思いっきり時間を区切りたい。一晩だけの話――夕方から夜明けまで――そう、映画『アメリカン・グラフィティ』のように。その小さなサンプルとして、僕の人生の中でも飛びきり最低な夜の出来事を、恥を忍んで読者に差し出そうと思う。
その日付はすぐに調べられた。1986年11月2日から3日にかけて。3日間にわたる多摩美術大学(以下・多摩美)の学園祭――多摩美芸術祭――通称「芸祭(げいさい)」の、中日から最終日にかけて。
少々長くなると思うが笑納してもらえたら幸いだ。
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僕はビールを飲みながら高村のバンドを聴いていた。ペコペコと凹む大きな透明プラスチックのコップの中で、小さな泡の粒々が西日を浴びて、黄金色に輝いていたのをよく覚えている。その日最初に飲んだその一杯は、妙にヒリヒリと胃袋に沁みた。きっと精神的なプレッシャーで胃壁が荒れているところに、まだ飲み慣れているとはいえないアルコールが急に流れこんできたからだろう。
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