――ルーモス。
思いのほか大きく、気取った声で春花は言った。蛍光灯のスイッチがかちりと音を立てた。蛍光灯が唸り爆発するように光った。眩さに私は目を閉じた。すぐに開くと、部屋は光に満ちていた。蛍光灯に照らされて、俯いた春花の顔には微細な影がちらばっていた。光よ、と彼女はつけ加えるように唱えた。幼いころに読んだファンタジー小説に登場する魔法の呪文だとようやく気づいた。杖の先に光を灯す呪文だった。
――懐かしいな。
――先輩も観てた? 春花はそう言って、こわばっていた顔をほころばせた。私は頷いた。
――でも、映画は観てない。原作だけ、三巻まで読んだかな。
なんだ、と春花はつまらなさそうに言い、緊張をほどいたように周囲を見回した。彼女の足元には真っ白な天板のローテーブルがあり、それが照明の光を強く照り返していた。ベッドにはうすピンクのシーツがかかり、敷き布団に皺が寄っていた。寝返りをうった春花の手がその皺をつくるところを頭に浮かべ、気恥ずかしくなって逸らした私の目が本棚に吸い寄せられた。知りあってからの数年間で春花と交わした会話を思い出していた。彼女が薦めてきた本を、まだ一冊も読んでいなかった。
――あんまりじろじろ見ないでくださいよ、デリカシーないなあ。
――おっ、すまん。
おっすまんじゃないでしょ、と言いながら私の視線を辿って微笑んだ。やっぱり本、気になる?
――気になる。見ていい?
――もう見てるじゃん。
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