私はテーブルに置いたスマホの上で指をすばやく動かすことに熱中していて、正面に誰かが立ったことに気づかなかった。バトルを終えて集中をほどき、ようやく視界の端に白いシャツをとらえ、驚いて顔を上げる瞬間に、聞き慣れた春花の声がそう言ったのだった。
――別れたって……。春花の顔を見上げて言った。つきあってたんだっけ、誰かと。
――言ったじゃないですか、サークルの同期と、同期っていっても一浪してるから年上なんですけど。
留年は、と尋ね、普通の人は一度も二度も留年しないんですよ、と返され、おれは一度や二度じゃなく三度だ、と胸を張って呆れられたのが数ヶ月前で、そのころ私は籍を入れる直前だった。春花は大学をまたいで複数のサークルに参加していて、恋人は私の知らない人だった。
春花はカウンターでシェイクを注文して私の正面に座った。真っ白なシャツが光を浴びて、ずっと俯いていた目に眩しかった。春花は脣を突き出してシェイクを啜った。うすい赤の液体が、半透明のストローのなかをゆっくりと上昇していった。今日はまだ挨拶をしてなかった、と私は気づいた。
――元気?
――別れたばっかだって言ったでしょ。
――いま別れてきたの?
――ゆうべ。
ゆうべか、と私は呟いた。昨日は金曜日だった。私は大学が春休みだったから、家でずっとテレビゲームをしていた。私たちが住む部屋も、テレビラックはベッドに向けて置かれていた。籍を入れる前、同棲をはじめたばかりのころは、二人でDVDを観ることも多かったが、絵奈が就職するとその習慣はなくなり、私が一人でゲームをすることが多くなった。
この続きは、「文學界」3月号に全文掲載されています。
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