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私が育った街は、県庁所在地とはいえ人口がすくなく、自然ゆたかだった。水道水を臭いとか不味いとか感じたことはなかった。進学のためにこの街に引っ越してからも、絵奈と同棲をしているときも、私は水道水を料理に使っていた。二百万の人口をかかえる大都市なのに水道水が飲める、といつか、市長が誇らしげに言っていた。そんな街で生まれ育ったのにミネラルウォーターに金をつかっている春花の行動は、私には金を無駄にしているように感じられた。
私たちはそれから当たり障りのないことを話した。ベッドに寄りかかった体勢では枕元に置かれた目覚まし時計は見られず、どのくらいの時間が経ったのかはわからなかった。深夜に近いのは間違いなかった。新婚旅行の資金として積み立てていた預金がいつの間にか目減りしていたことをめぐる妻との諍いに疲れて家を出たときにはすでに夜の八時を過ぎていた。ファストフード店でハンバーガーを腹に詰め込み、過剰に明るい照明の下、目を細めてスマホのゲームをしていると、バイトを終えた春花が腹ごしらえにやって来たのだった。春花はサークルの後輩だった。おたがい幽霊部員だったから部室で顔を合わせることは滅多になかったが、学部が同じで家もちかく、学部棟や街中で会うことは珍しくなかった。連れだって遊ぶほど親しい仲ではないが、絵奈と交際をはじめたときも、籍を入れたときも、三ヶ月後に彼女が浮気をしているとわかったときも、友人のなかで最初に報告したのはどこかでばったり会った春花だった。
――先輩、わたし、別れましたよ。
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