とはいえ、もちろん楽しいことばかりであるはずもない。絵を描くとはどういうことかを考え抜いているからこその言葉が小説の中には溢れている。
「絵って不思議なもので、精神力でも技術でもないコントロール不能な力が宿るんです。しかもそれが絵の魅力を決めることも多い。例えば歴史的な画家、曾我蕭白の屛風なんか見ていると、こんなの描けるわけないじゃんってお手上げな気持ちになります(笑)。後世に生きる者として、現代の技術で蕭白よりも細かく綺麗に描ける部分はあるかもしれない。でも絵の格とか根源的なパワーでは到底及びません。それはその人しか持ちえないもので、才能以上の“何か”としか言いようがない。この小説の中でも書いていますが、主人公の青山君はそれを“運命”という言葉で表現しています」
水墨画という限定された世界を描きながら、それを超えた奥行と広がりを感じさせるのは、砥上さんの生き方が投影されているからかもしれない。
「ただ一つのことに集中して生きる幸せが世の中にはあると思うんです。自分にとってそれは水墨画で、すごく早い段階で見つけることができた。そのせいでちゃんと仕事をしていなくて、当初は親や友人から『なぜ働かないのか』と詰め寄られましたが、開き直って十年くらい続けていたら、周りも諦めたのか何も言われなくなりました(笑)。もう少しうまいやり方があったような気もしますが、自分の道を歩いてこられたのは幸せなことだったと思いますし、これからもそうしていきたいですね」
とがみ・ひろまさ 一九八四年福岡県出身。水墨画家。『線は、僕を描く』で第五九回メフィスト賞受賞。同作は、「ブランチBOOK大賞2019」に選ばれ、本屋大賞にもノミネートされた。
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