書評

葉室さんの愛した「花」の真実

文: 澤田 瞳子 (作家)

『嵯峨野花譜』(葉室 麟)

『嵯峨野花譜』(葉室 麟)

 二〇一五年から二〇一七年にかけて小説雑誌「オール讀物」に連載された本作は、京都・大覚寺の少年僧・胤舜が自らの活け花修行を通じて、己を取り巻く世の悲喜を学んでゆく物語である。筆者はこの連載とほぼ時を同じくする二〇一五年二月より、地元・福岡とは別に京都に仕事場を構えており、本作の随所にうかがわれる四季折々の京の風景は、そんな新天地での営みの成果ともいえる。

 葉室麟の読者に対しては今更説明するまでもなかろうが、葉室作品にはかねて「花」がシンボリックに用いられている。たとえば木村大作監督によって二〇一八年に映画化された『散り椿』では椿が主人公と妻双方の象徴として登場し、『辛夷の花』では辛夷が主人公の凜とした生き様を表すとともに、隣家の男との心の触れ合いの鍵と用いられる――といった具合だ。

 それだけに葉室さんが花そのものをテーマになさるとうかがったとき、実は私はわずかな違和感を覚えた。「これまでにも頻繁に道具として花を取り上げてらっしゃるのに、どうしてまたもわざわざ」と感じたのだ。

 だが本書を一読して、その違和感はすぐに払拭された。なぜなら本作はただ、活け花の世界を描いたのではない。様々な難問に挑みながら花を活ける少年の姿を通じて、自身も「花」として咲かんとする人間の成長を描いた物語だったからだ。

嵯峨野花譜葉室 麟

定価:本体670円+税発売日:2020年04月08日


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