残念ながら本作が刊行された半年後、葉室さんは帰らぬ人となった。あまりに突然のご逝去に、親しかった後輩作家や編集者たちは事あるごとに集まり、そのご不在を悲しんだが、そんなある日、「葉室さんの文学忌はなんとつければいいのだろう」という声が上がった。
文学忌とは文学者の命日をその作品や雅号などにちなんで異称し、その方の業績を偲ぶ日としたもの。たとえば司馬遼太郎の命日は菜の花が好きだったことに由来して「菜の花忌」と呼ばれ、太宰治の遺体発見日は作品「桜桃」ゆかりの「桜桃忌」とつけられている。
なにせ花を取り上げた作品の多かった葉室さんのことだ。すぐに「初エッセイ集のタイトルは『柚子は九年で』だった」「『散り椿』は映画にもなったし」と色々な意見が飛び交った。しかしやがて誰からともなく、
「特定の花はふさわしくないよね」
との声が出て、結局、そのままいまだに葉室さんの文学忌は定まらずにいる。それはきっと葉室さんと親しかった誰もが、葉室さんの愛した「花」の真実の美しさを知っていればこそだろう。
一分の欠けもなく美しいものを、美しいと誉めそやすのはたやすい。だが葉室さんは蓮が泥の中から花咲くように、苦しい世の中でも清く生きようとする人の生き様こそが美しいと信じた。
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