ところで、私が編集者さんの仲立ちを受けて初めて葉室さんに出会ったのは、本作第二話「利休の椿」が雑誌に掲載された直後。このしばらく後、葉室さんと私は事あるごとにお互いを呼び出し合う呑み仲間となるのだが、お互い人見知り同士だったこともあり、初対面の時は後から考えると不思議なほど話が弾まなかった。ただそんな茹で過ぎた蕎麦のようにぶつぶつ切れる会話の中で、葉室さんが「僕は今、未生流の活花について書いていて、二代目が出てくるんだ」と仰ったことは、今でもよく覚えている。
「澤田さんのお母さまは、未生流の初代を書いていらっしゃるよね。僕、読ませてもらったよ」
私の母・澤田ふじ子の手になる『天涯の花』は、その当時ですでに四半世紀以上昔に刊行された作品。それだけにあまりの思いがけなさに、私は狼狽しながらお礼だけを申し上げ、話はそこまでになってしまったが、今でも時折ふと、なぜ葉室さんはあの時、その話題を持ち出したのだろうと考える。
無論、初対面の相手を前に、とにかく共通の話題をと思われた可能性は高い。しかし長らく日本の歴史の中心であった京都に仕事場を構え、本作の他にも大名茶人・小堀遠州を主人公とした『孤篷のひと』、桃山期の画人・海北友松を描いた『墨龍賦』など京ゆかりの作品の構想を練っていた葉室さんは、同じ場所で長らく歴史小説を書いている私の母を歴史小説界の先達と考えてくださっていたのかもしれない。だとすれば受け継がれてゆく「花」を描いた『嵯峨野花譜』自身もまた、歴史小説というジャンルを継承する「花」でもあったのだ。
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