――この世は苦に満ちた、苦の世じゃ。されど、同時にひとが清く生きる浄土でもあろう。
――ひとは無惨に散らされるばかりかもしれぬ。しかし、それにたじろがず、迷わず生き抜くことにひとの花があるのです。
胤舜の曾祖母のこの言葉を初めて読んだ時、私は二十世紀の伝説的歌手の一人であるフランク・シナトラの代表曲、「Thatʼs Life」を思い出した。「Some people get their kicks stompinʼ on a dream. But I donʼt let it, let it get me down. ʼCause this fine old world, it keeps spinninʼ around.(夢を踏みつける人もいるけれど、僕はへこたれない。落ち込んだりしない。だって、この古き良き世界はいつも回り続けるのだから)」――それはまさに、葉室麟の描く「花」の世界そのものだ。
包み隠さずに打ち明ければ、葉室さんのいないこの世界はいささか味気なく、空の色が少しだけ褪せて映る。だがそんな寂しさがあればこそ、この世には美しい花が開き続ける。
そう、人は何があろうとも生きねばならない。まさにそれが人生なのだから、という世々不変の真実を『嵯峨野花譜』は教えてくれる。
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