本作第一話「忘れ花」において、主人公の胤舜は喜怒哀楽の感情を持たぬ寂しい少年として登場する。そんな彼を師・広甫は「形の美しさばかりがあって心が無い」と看破し、ひとの心を見る修行として他者のために花を活けよと命じる。かくして胤舜は様々な人々と交わりながら活花の腕を磨くこととなるのだが、その過程で自らのありようをも見つめる彼の姿は、小さく硬い種子が水を得、次第に芽吹いて行く様にひどく似ている。しかしながら遂にその種が最終話「花のいのち」で大輪の花となって咲き誇ったとき、そこに訪れるのは決して、登場人物全員が幸福となる結末ではない。
なぜなら花のみならず、この世の草木鳥獣はすべて、過去より命を引き継いでこそ、己の生を確立する。ゆえに胤舜の花もまた、古きものの死の上に咲く宿命が与えられており、それはすべての命に終わりがあるこの世の真理にもつながっている。
概念と決めつけるほどではない曖昧な愛おしい感情が人生に常につきまとうことは、誰もが日々の営みの中で漠然と感じているはずだ。それはもはや戻らぬ過去への愛惜であり、まだ見ぬ未来への憧憬であり、迫りくる老いへの恐怖であるとともにまだ見ぬ若人への羨望である。葉室麟は人の成長をただ単純に花にたとえたのではなく、そんな「Thatʼs Life(それが人生さ)」とでも呼ぶべきこの世の甘やかな悲しみすべてを、命を繰り返し紡ぐ「花」に重ね合わせたのだろう。
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