別冊文藝春秋

『邪教の子』澤村伊智――立ち読み

文: 澤村 伊智

電子版31号

「別冊文藝春秋 電子版31号」(文藝春秋 編)

 大地より生まれし生命、大地を汚し
 大地に帰りて再び大地より生まれる
 人はただ、その輪に身を委ねるのみ
 我はいざ、その輪を己が手で回さん



「茜ちゃん」

 わたしは呼んだ。

「来ないで」

 彼女は答えた。薄暗い部屋の隅で縮こまる。痩せ細って曲がった身体は小刻みに震え、見開かれた目は怪しく輝いている。カチカチと歯の鳴る音が聞こえた。病気のせいか。違う。

 彼女は――茜はわたしを恐れていた。同じ十一歳の、同じ女子であるわたしに恐怖を抱いていた。

「お願い……近寄らないで」

 蚊の鳴くような声で懇願する。

 助けてくれと頼んだのは茜の方なのに。わたしは計画を練って何度もシミュレートして、あらゆる手を尽くして実行したのに。わたしだけではない。大勢の人たちが知恵を絞り、骨を折ったのに。

 わたしは混乱しそうになって、すぐ気付いた。

 茜は囚われているのだ。縛られているのだ。

 邪教に。

 彼女の両親に。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)文藝春秋・編

発売日:2020年04月20日


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