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『邪教の子』澤村伊智――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)

文藝春秋・編

くわしく
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「別冊文藝春秋 電子版31号」(文藝春秋 編)

 彼女は訊ねた。

「……こ、こんな身体でも?」

「もちろん」

「ほんとに?」

「本当だよ」

「信じてもいい?」

「うん。だから一緒に逃げよ――」

「おい、慧斗」

 背後から呼びかけられて、わたしは飛び上がった。

 廊下の暗がりから祐仁が現れた。畳んだ車椅子を両手で抱えている。怒ったような顔で彼は言った。

「何ちんたらしてるんだよ、あいつら戻ってくるぞ」

「無理に連れ出したらただの拉致でしょ」

「融通利かないなあ、お前」

 囁き声でぼやく。場違いを承知でわたしは笑いそうになった。祐仁はいつもこうだ。クラスで誰よりも大柄なのに、誰よりも臆病だ。それに物事の優先順位をまるで分かっていない。大人たちから余計な知識を得すぎたせいだろう。でも今は心強い。彼といると心に余裕が生まれる。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年04月20日

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