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『邪教の子』澤村伊智――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版31号」(文藝春秋 編)

 そう、ここは邪教の巣だ。この家は光明が丘支部と呼ぶのだったか。いずれにせよ、まともな場ではない。普通の道理が通用する場所ではないのだ。

 この家に初めて来た日のことを思い出した。毒々しい塑像。壁に掛かった教祖の写真。異形の祭壇。どれも不気味だった。禍々しかった。そして恐ろしかった。今も怖くないと言えば嘘になる。目に映り込むそれらに、なるべく視線を向けないようにしている。

「どうして……?」

 茜が洟を啜りながら言った。わたしは優しく、穏やかに答えた。

「助けに来た。一緒に逃げよう」

「無理だよ。逃げたら殺される。どこに逃げても殺されちゃうの」

「逃げたら殺されないよ。殺されないところまで行くのが逃げるってことだよ。今からそこに行くの」

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年04月20日

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