「別冊文藝春秋 電子版31号」(文藝春秋 編)

「何が可笑しいんだよ」

「ううん。祐仁と同級生でよかった」

「あのな慧斗、感慨に耽るのは終わってからにしろって」

 彼は床のガラクタを蹴散らし、車椅子を広げて置いた。

 茜がわたしたちを交互に見つめていた。顔に浮かんでいる表情は恐怖ではなく、疑念に変わっていた。

「同級生……?」

「そう。同じ学校の同じクラス。生徒はそんなに多くないけど、毎日楽しいよ」

「生徒? 学校?」

 答えようとしてわたしは思い止まった。茜は学校に通わせてもらっていない。おそらく光明が丘に来る前からだ。彼女はずっと、邪教の檻に監禁されていたのだ。

 だから逃がす。脱出させる。解き放ってみせる。

 今はその第一歩だ。でも第一歩に過ぎないのだ。

 自然と気が引き締まった。緊張が身体を走り抜けた。

別冊文藝春秋からうまれた本