- 2020.04.29
- インタビュー・対談
<堂場瞬一インタビュー>五輪に命をかけた伝説のアナウンサーがいた
「オール讀物」編集部
『空の声』(堂場 瞬一)
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
伝説のアナウンサーの“瞬間芸術”
警察小説とスポーツ小説を軸に、数多くの作品を発表し続けている堂場瞬一さん。今年は、オリンピックに関連する小説を四社から連続刊行する「堂場2020プロジェクト」に力を注いでいる。最新刊『空の声』は、その一環で上梓された作品だ。
「このプロジェクトのなかで、オリンピックの歴史を振り返る物語を書きたいと考えていました。なかでも日本が戦後、主権を回復してから初めて参加した大会である、一九五二年のヘルシンキオリンピックで活躍した選手について書こうと思っていたんです。しかし、当時のことを調べていくうちに和田信賢というアナウンサーの存在を知り、彼の仕事や人間性、そして人生に強く惹かれていきました」
和田信賢は大相撲の中継や終戦放送、NHKのラジオ番組「話の泉」の司会などで国民的な人気を誇ったアナウンサーだ。当時はまだテレビがなく、ラジオ放送の時代。和田の中継は、その言葉遣いの巧みさから“瞬間芸術”と言われるほど、皆から愛されていた。
和田はヘルシンキオリンピックに中継のため派遣され、活躍が大いに期待された。彼にとっても、オリンピック中継は長年夢見続けた晴れ舞台。しかし、彼は出発前からある不安を抱えていた。自身の体調だ。高血圧に悩まされており、海外への長旅は苦難の道だと思われた。そして――。
その不安は的中する。慣れない飛行機移動、異国の食事や気候によって、和田の体調は徐々に悪化していった。しかし、人一倍責任感が強く、仕事への妥協を許さない彼は、頑として休まず、病院へも行かず、仕事を続けようとする。スタッフ全員が手一杯のなか、迷惑をかけるわけにはいかなかったのだ。
「和田の仕事に対する姿勢には感服しました。もし私が同じ状況に立たされたら、途中で諦めて帰国すると思います。私は和田のように“命と引換えにしても良い”くらいの気持ちで仕事をしていただろうか、と反省しました。和田は当時の日記を残していますが、そこには“なぜ極限まで頑張ったのか”までは書かれていません。その部分に迫る小説になっていると思います」
和田を取り巻く人間模様も読みどころだ。なかでも“戦後復興の象徴”とされた競泳選手、古橋廣之進とのやりとりは胸に迫るものがあるだろう。
本書を通じて、堂場さんは新たな目標を見つけたという。
「小説を書くとき、“自分の作った人物”に入り込むことはありません。しかし、実在の人物の吸引力は凄まじく、驚きました。今後は評伝にも挑戦してみたいと思っています」
どうばしゅんいち 一九六三年生まれ。二〇〇〇年「8年」で第十三回小説すばる新人賞を受賞。「アナザーフェイス」シリーズなどの刑事小説やスポーツ小説、エッセイなど著書多数