新型コロナといい、わたしの未来といい、暗いことばかりだ。妻の顔も険しいままだ。悲観していたら、うれしいニュースが届いた。わたしの『無理難題が多すぎる』が、本屋大賞の「超発掘本!」を受賞することが決まったのだ。
「超発掘本」の第一条件は、埋もれていることだ。埋もれていてよかった。思えばこれまで長かった。わたしの本はいずれもひっそりと出版され、ひっそりと売れ残ってきた。どの本も発売されると、待っていたかのように震災が起きたり、芸能人の不倫が発覚したり、パンダの子どもが生まれたりと、想定外の出来事に売り上げを阻まれてきた。
そのたびに「これからは一人で生きていこう」と何度決意したことか。そして新刊が発売されるたびに「今度こそは」と何度希望を抱き続けてきたことか。
そこへ奇跡が起きたのだ。受賞理由は「毒にも薬にもならない本にほっこりする」というものだ。おそらく有益な本ばかり出版される中、毒にも薬にもならない本が堂々と発売されていることに驚き、宝石の山の中からただの石ころを見つけたような、ツルの群の中にハキダメを見つけたような気になったに違いない。そしてこの本がこれまでいかなる文学賞もノーベル賞も受賞していないことに二度驚き、他の賞が目をつける前に急遽、授賞することに決定したのだろう。
ふつうなら、わたしの本は、この受賞を機に一躍脚光を浴び、わたしの本を立ち読みしたことのある人も、「受賞する価値があるとは知らなかった。買っても恥ずかしがる必要はないんだ」と思い直すはずだ。
運のいい男ならそうなるところだった。だが、わたしは運がない男だ。授賞式の日には緊急事態宣言が出た。もちろん式は中止だ。受賞を知って書店に買いに行こうにも、外出できる状況ではない。緊急事態が一ヶ月後に解除されても、そのころには受賞のことをだれも覚えていないだろう。
こちらの記事が掲載されている週刊文春 2020年4月30日号
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