――須藤さん、すごいですよ。いや、なにがすごいって、サブシナリオの締め切りが二週間遅れてて、しかも、それってほんとうは別の誰かが担当、それこそ、ぼくが書いたって良いはずのちょっとしたやつなんですけど、なんか、本人がどうしてもこれは書きたいとか言って、それで、まあ須藤さんだから二週間遅れるのは当然なんです。いや、本当はぜんぜん当然じゃないから、もちろんイラストや音周りの職場のひとたちはブチギレてるんですけど、ていうか、須藤さんに対しては、もうブチギレるっていうか、呆れて物も言えない状態だから、勝手にすれば? 遅れて上司の松代さんに怒られるのは須藤さんじゃんって、そう思ってるみたいで、でも……
と尾崎がトウトウと話しだそうとするのを、
――ちょっと待って! あのさ、まだ家に着いてないんでしょ? だったら、五分後にかけ直すから。おれ、酒買ってくる。
――あ、わかりました。すいません。
――尾崎くんの愚痴は素面じゃ聞けないよ。
そう言って一度電話を切り、急いで寝間着から着替えて(とはいえ、煙草で焼け焦げた穴のできた、ゴム紐のゆるみきったひどいズボンから、もう少しましなズボンに、またコーヒーのシミのある下着のシャツからTシャツに着替えただけだったが)財布だけを持って家を出る。蝉の鳴き声、どこもかしこも舗装された道だというのに、漂ってくる腐葉土みたいな臭い、日が落ちても風の吹かないため、むわっとする暑気に身を包まれながらコンビニに向かう。
――お待たせしました。それで、なんだっけ? 上司のなんとかさんに怒られるから、どうのって言ってて……
五分ではなく十分ほど経ってから尾崎にかけ直すと、電話に出た彼の後ろの方で聞き馴染みのある音が聞こえている。
――あ、ちょっと待ってくださいね。
と彼は言う。
――ファミマに居るの?
――そうです、晩飯買ってますんで……あ、温めは大丈夫です……はい、あ、一膳お願いします……ああ、もう大丈夫です。いや、そうです。だから上司の松代さんに怒られるのは須藤のバカなんだから、こっちはもういつまでも待って良いよ、みたいな態度になっちゃって、でも、そもそもイラストのひと、あ、このひとは女性なんですけど、そのひと……
この続きは、「文學界」7月号に全文掲載されています。
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