藤井聡太七段が8日に開幕した「第91期棋聖戦五番勝負」で、タイトル挑戦の史上最年少記録を更新した。迎え撃つのは渡辺明棋聖(棋王・王将と合わせて三冠)。開幕戦は157手で藤井七段が渡辺棋聖を破っている。
その渡辺棋聖が2年前に“惜しくも実現しなかった直接対決”について語ったインタビューを公開(『天才 藤井聡太』〔文春文庫〕より)。※肩書・段位・年齢などは当時のもの。
聞き手=北野新太
※インタビューは2018年9月中旬に行われたものです。
「倍くらいのスピードで全体を把握する」
朗らかな表情を浮かべ、いつものように明快な語り口を披露しながらも、渡辺明棋王は痛感していた。藤井聡太の「速さ」を。
「通常の棋士の倍くらいのスピードで頭を回転させて、倍くらいの手を読んでいる印象がありました」
2018年9月に放送された非公式戦「AbemaTVトーナメント」決勝戦。1年前の夏に連勝記録を止められた因縁のある佐々木勇気六段との三番勝負を制し、藤井は初代王者に輝いた。収録現場のスタジオで解説者を務めたのが渡辺だった。
「Inspired by 羽生善治」という副題が付された棋戦は、羽生竜王の発案により、チェスで度々用いられる「フィッシャールール」を将棋に応用した超早指し棋戦である。持ち時間各5分間(切れたら即負け)の切迫感と、一手指すごとに持ち時間5秒加算の戦略性が同居するルールは、既存の公式戦にはなかったスペクタクルとスリルを生んだ。
羽生、久保利明王将、高見泰地叡王のタイトルホルダー3人を含む14人の実力者が集った舞台でも、渡辺の眼には藤井の才能が異質なものに映っていた。
「単純にあの持ち時間の中で読めちゃってるんです。普通の棋士よりもクリアに。平均の倍くらいのスピードで全体を把握して手を読むということが出来てしまっている。後で棋譜だけ見た人は、持ち時間5分の早指しで組み立てた将棋という印象は受けないと思います」
1分将棋ならいざ知らず、秒単位で持ち時間に追われ続ける終盤戦で完璧に指し続けることなど棋士とて不可能だ。本棋戦の勝負でも、最善を逃し、混沌を招き、派手な逆転劇を演じるシーンが何度も見られた。
逆の視点から見ると、棋士の息遣いが盤上から聞こえてくるような「人間の魅力」に あふれた棋戦だったとも言えるが、藤井が示したのは、人間ならざるものへの肉薄だったかもしれない。
「次の一手を決断するだけならプロの第一感で指していけばいいんですけど、指し手を一連の流れとして継続しようとすると、あの持ち時間の中で構築するのは難しいです。トップが指しても実際にグチャグチャになっていましたから。自分は出ませんでしたけど、指せば同じようになっていたと思います」
激戦となった決勝の最終局でも、藤井は終盤戦で持ち時間残り13秒の局面から寄せの順に入り、淀むことなく一気に佐々木玉を討ち取った。
「正直、あの決勝戦は、あの持ち時間の将棋の質ではないと思いました。藤井君の優勝も妥当だと思います」
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