春樹さんの父親との向き合い方
『猫を棄てる』を読んで、春樹さんの父親が亡くなられたことを知った。そして、父親の死後、様々な人に会いながら、その人生をたどっていったことも。
父親について調べ、それを文章にしていくことで、春樹さんは父親との間に長い間あった絡まった糸を、少しずつほぐしていったのだろうか。完全にほぐれたわけではないけれど、ところどころ、小さな玉のような結び目が残っているけれど、はじめよりは、随分良くなったのだろうか。『猫を棄てる』を読んで、私はそういう印象を受けた。
私には、父親の人生をたどることはできない。一つは、父親側の親戚とは、もうずっと疎遠になっていて、会う術がないから。もう一つは、苦労ばかりだった父親の人生をたどることができるほど、私のメンタルが強くないからだ。
父親について、私が知っている事柄は、悲しいものばかりだ。父親は、戦後の生まれだが、まだモノがない時代で、いもばかり食べていたため、いもが大嫌いだった。私は一度も、父親がいもを食べるところを見たことがないほどだ。子供の頃は、勉強ができなかったため、優秀なお兄さんと比べられ、うとまれていたらしい。まだ若い頃に、母親と二人できりもりしていた食堂で、従業員にお金を持ち逃げされたこともあるそうだ。
知っているわずかな事柄だけでも、一つも良いものがない。これ以上、父親の人生をたどっても、辛く苦しいことが出てくるばかりだろう。当時、父親がどんな思いで生きてきたかを想像すると、胸がしめつけられるほどキリキリする。私のメンタルは、とても耐えられそうもない。
私の父親との向き合い方
生前、私は父親が嫌いだった。感情的で、酒飲みで、きちんと働くこともしない。何度も何度も泣かされた。でも、その一方で、大人になるにつれ、父親の痛みや悲しみ、やるせなさを段々と感じることができるようになり、情みたいなものが湧いてきた。世界一嫌いなのに、心底嫌いになりきれない。考えるだけで、くらくらするような、父親に対する複雑な感情は、私を苛立たせ、徐々に父親と距離を置かせることになった。
父親の死後、私は自然と「こういうとき、父親だったらどう思うだろう? なんて言うだろうか?」と、度々、心の中で問いかけるようになった。「お父さん、3人目が産まれたよ」と、報告もした。あんなに嫌っていた父親に。
どうしてだろうか?
『猫を棄てる』を読んで、その答えが分かった気がした。私は、心の中で、私の問いに、父親がどう答えるかを想像することで、父親を理解しようとしてきたのではないだろうか。少しずつ、でも着実に、ずりずりと、父親に近づこうとしてきたのではないだろうか。無意識に。
父親がこの世を去ってから9年間。
私はすでに、父親と向き合い続けてきたのだ。
もう「いつか父親と向き合わなければ」という重い荷物を背負う必要はない。
ありがとう、春樹さん。
私は一つ、軽くなりました。
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