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キャッシュとディッシュ

キャッシュとディッシュ

文:岡崎 祥久

文學界8月号

出典 : #文學界

「文學界 8月号」(文藝春秋 編)

 <あなた>のことは、俺のほうで勝手に、ちょっと年上の愛人みたいにおもっていて、ついうっかりの偶然でしたけど、俺のものすごくどうしようもないところをベロンとめくられてしまったかんじがしているので、<あなた>には迷惑でしょうけど、必要十分でも必要以上にでも露悪的になれる気がしています。それとともに、<あなた>は俺にとってナスの蔕(へた)というよりはポニーテールの根元の髪ゴムとか素麺(そうめん)の帯封みたいなもので、ないとバラけてしまうかんじです。

 話はかわりますけど、前回、弟が俺の部屋をたずねてきたのは、たしか七年ぐらい前で、弟のやつ、叔父さんの“失踪”を知らせにきたんですが、今回は叔父さんの“死亡”を告げにきました。叔父さんは、いわゆる失踪宣告で死人になったので、それなりに手続きが必要だったみたいですけど、俺は弟にまかせきりで、なにひとつしなかった。のみならず、この七年のあいだ、叔父さんのことをおもいだしもしなかった。ふつうにわすれてました。

 俺は、弟がせっかくきてくれたので、小型冷蔵庫からペットボトルのジャスミン茶をだすと、ガラスのコップ二つにつぎわけました。三か月ぐらい前に近所のスーパーで五〇〇ml一本が五五円で売っていて、安かったから買っておいたわけですけど、コップのほうは、ずいぶんむかしに実家からもちだしてきた物で、レトロな花柄模様がついていて、ひとつはオレンジと黄色のくみあわせ、もうひとつは青と黄色のくみあわせで、花びらも葉も茎も黒い線でふちどられています。

「なつかしいね、これ。まだつかってるんだ」

文學界 8月号

2020年8月号 / 7月7日発売
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